明けましておめでとうございます!
2010年 も 何卒宜しくお願い致します、更新が遅いワタクシでは有りますが、
偶にお遊びにお出で頂けたら ウレシイ です。
さて 期間限定で過去に行きました 南米大陸は 「パタゴニア」アップいたしました。
ここは 1982年 に起きました ”フォークランド紛争の地、フォークランド アイランドです」。
中々東洋の方々ははるか遠けき イギリリス領のしまです、 アルゼンチン国家からはるかに離れた、島で ここから見えます街並みが首都 ”スタンリー”です。
私達は ペンギンを訪ねましたが季節でしょうか1羽にも出会う事が出来ませんでしたが
住民はれっきとした イギリス人です、学校は高校までしかなく 大学に行く場合は イギリス本土に行かねばならぬと わざわざ訪ねるには躊躇をします僻地です、しかし島民は大層純朴で
暖かいもてなしを受けた1日でした。
こちらは 島の豊富な産物 「ビート」です ビートはウイスキーの蒸留には欠かせないもので
スコットランドでは沢山産出されます、それに依って スコットランド では スコッテイッシュ ウイスキーが出来ます。気候はイギリスと同じで南半球ですから赤道からはるか離れていまして
晴れの日は年間通じて少ないです。 この時期は1月末で夏です。
こちらは イギリス総督公邸です、晴れたり 雨が降ったりの1日でした、とこの様な小さい島に
何故 アルゼンチン軍が攻めたかとはそれは彼らの無謀な国内の国民不満を外に向けるため
たったの2日間で アルゼンチン軍は敗退! 時のイギリス首相は 鉄の女 サッチャー氏です。
あの頃は世界が大きく変り レーガン、サッチャー、ゴルバチョフ、が世界を鉄のカーテンを取り払ったと言います画期的な時代でした。
この島は おそらく人生では2度と訪れないと思います孤島です。
クルージング なればこそ寄れたと思います。
ここからは チリ パタゴニア です。
パンパ (草原) の 牛飼いが牛を追って居るところです、彼らは(ガウチョ)とよばれて一年中
この草原で牛の世話に明け暮れる職業の人達、この画像は私の一番のお気に入り!
クリックして下さい画像が大きくなりそれは果てしなき地平線までの景色で パタゴニアの代表的な風景。
パタゴニアは北極と同じく南極になります、グレーシャー は至るところに有ります。
フエゴ島沖の海面に沈む太陽!海原には何も遮るものが無くただ果てしなきかいめんだけ。
パダゴニア の フエゴ島の海岸線、これで丁度北米大陸の夏です、3月には又再び厳しい冬が来ます。
さて パタゴニア の ペンギンさん達!
プンタアレナス(チリ) の 港に入稿しました、マゼラン海峡の太平洋側の首根っ子の港町。
この前にご紹介したいのですが、兎に角急いで ペンギンさん達に会いたいですネ。
大きく ホーン岬を廻り ホーン岬は 大荒れの為に甲板へ出ての撮影は船側から禁止。
と言います事で順序不同~。
この途方にくれたような2人(羽)連れのペンギン、さて何を考えていますか?
一個連隊の行列です、これから 餌場の海岸に向かって進んでいきます。
こちらも仲良く.....
最後尾のペンギンに撮影していたらどうも睨まれたみたい、ペンギンがここでは最優先で驚ろかしたり、いたずらしたりは禁止されています、彼らが歩いてきたら先ず道をゆずる と これはこの保護区の鉄則です。
そこかしこに佇んでいる ペンギンたち、この広大な土地は チリ政府が ペンギン保護区として
いまして 色々と規則が人間側に課せられます とダイジナ保護動物。
同じく二人連れが多いです、彼らは 雄、雌、は互いに永遠に相手を変えません、人間の様な自分勝手では無いんでしょうね、伴侶が死ぬと孤独になり片方も早死にするそうです。
広大な土地に続いて海岸線に出られます、ここが彼らの餌場、天然の餌場で人間の手が入りませんから えさも自分で野生の習性で獲ります と この様な保護区は中々運営には難しいでしょうね、画像を大きくしてください、数え切れないほどの ペンギンたちです。