途中に有ります、キャンプ グラウンド、ですが 今は冬季の為にお休み。
まったく 大変です、この絵 が有ります処に 大事な トイレ が設置されています、ノーマンさんは 皆に聴きました、今ここで行かないとこの先には長い距離に有りませんとね。皆 希望です、が その時彼が 便座の様に切り込んだ スポンジ 見たいなの貸してくれ これを使わないと 貴方方はトイレから帰れないと(笑; 本当でした 座ったら最後皮膚が絶対離れなくなるようになります、経験者はスバラシイ!! 彼はガイドもしますし、歴史も話すし、今 アラスカはどうなって居るかと、などなど。
私達の 質問にも的確な答えを出してくれます。
先のところから間も無く ユーコン川が流れて と言いますか、凍って言いますか、雄大なその姿を見ることが出来ました。
ユーコン川の 橋の上から撮影した ユーコン です、今は厚い氷に覆われて居ます この川には春にはサーモンが続々と遡ってきます、冬季は スノーモービル が走って道路代わりに使用とか、6月は来ないほうが良いと言われました、蚊の大群が発生してひどいめに会うと。
ユーコンは最後に遥かな旅を ベーリング海に注ぎ終わります。
ユーコン川を越えて 又再び ダルトン ハイウエイ です、今度は山を下ります、先ほどの
沢山の樹氷を見られたでしょう、あそこが一番高い所で雪の量も ハンパ でないです。
これからは 下りが続きます、下りはスピード出すぎ非常に危険だと言いました、ブレーキはやたらに踏んではいけません、その反動は雪道では恐ろしい事故に繋がります、私も シカゴ に
居た時に 運転の難しさを嫌と言いますほど経験しました。
はるか行けども、行けども~大地ばかりの アラスカ自動車旅行。
ダルトン ハイウエイ で最近亡くなった エスキモー の方のメモリー。
走行中に分かる外気です、運転席からしか 外の景色は見ることが出来ません。
サイドの窓は 氷で覆われて車中の温かい温度でも解ける事が無く、助手席は交替で座るようにと ノーマンさんが言いました、仲間男性はカメラを持って来なかったので私に自分の番の時には譲ってくれました、なんでカメラ持って来なかったの と 聞いたら オーロラを見るだけで充分なのだ と 言って居ました、帰宅後彼に色々な画像を送って上げたら 友人が話を信用しなかったのが その目で見て皆が毎日その話で盛り上がったとのこと。
またもや 資材を積んだトラックがジェット機の様な音を立てて通り過ぎました。
この両側のに生えてる木々は土地が ツンドラ(凍土)のため育つのが大変遅く箸の太さになるまでには10年は掛かります。この大きい木々は100年は経って居ると ノーマンさんが説明していました、が 彼が持ってきてくれた木材の切断見本を見せ これは何年と言われたの うっかり写真を撮るのを忘れました、が 最近良く山火事が起きて 人災、天災、と両方ですが 一度焼けたら100年は掛かるといわれて、我々は自然を大事にしなければと思いが一層募りました。
遠くに見えます山並み 雪に覆われ青く輝いていました。
仲間達です、こちらを向いているのが ドライバー兼ガイドの ノーマンさん。
この様な防寒服でも寒いです。
とうとう 到着した 北緯 66.33度 地図で見ていただくと分かります、完全に 北極圏ないです、 皆は興奮してお互い記念に写真を撮りあいました し 私達も皆並んで記念写真です。
これは掲載はやめました、何故かどなたにも了解を得ていないので。
ここで ランチ を 摂る事になりました が ノーマンさん が 表にテーブルを置いてピクニック スタイルが良いか、又は車の中で食べるか と 私が一番先に声を挙げ 車の中 と 言いましたら 皆も当然さ.....と同意。
美味しい サブマリン サンドウイッチ、暖かいスープ、コーヒー、紅茶、とデザートに果物が用意されていました、楽しかった ランチ。
上の2枚の画像は 石油送油パイプです、 アンカレッジ の港まで延々と続いて居ます、
夏に行きました時に その途中を見学した事が有ります 内部を切断して見せていましたね。
アラスカで積み出す 石油の全総生産の内に 日本に積み出すのは 38% だそうです と日本は石油が無いため他国より買い求めていると言いますのがこれで分かりました。
この2枚の画像は帰りで日も落ちかかって益々寒さが厳しくなり横着して車の中に居て
ノーマンさんに カメラを渡して撮って来てと頼んだもの、彼の構図は良いですね。
夕焼けの中我々は帰途に着きしたが、台湾の女性達が未だあちこちでスットプかけて写真を撮影で帰りは大変遅くなり 予定より2時間遅れました。一人の子は中西部に留学に来ていて英語は達者です と お若いお嬢さん達は他の方達の事は構わないようでしたね、そこがアメリカ人何も言わずに辛抱強くお付き合いです。
2007年2月の アラスカ オーロラ紀行です、明日はLAに向かって帰宅です、何と楽しい旅だった事か 生涯忘れない思い出です。
自然大好き人間の私はこの様な旅行は何回でも行きたいです。
今回は オーロラ は失敗でしたが、土地の人に 9月に来なさい 紅葉が美しく、オーロラ も天気次第で見ることが出来、余り寒くも無いと勧められて 今度はそうしようと計画を立てたのが
先の事は分からないもので、この年の6月 ロシア旅行の後に ガン発生の非常事態でそれからは2年半の闘病を余儀なくされた年月でした、今はもう無理かな?
長い間 アラスカ旅行 をお付き合い頂き有難うございました。
又の機会にこの欄で ロシア旅行記を何時か UP 致したく思います その節は又お立ち寄り頂けましたら大変嬉しいです。
最後にもう少し アラスカ の歴史をご紹介まで。
1867年に 当時の 商務長官: ウイリアム スワード がロシアより 720万ドル で買いました、当時のロシアは金欠でして クリミア半島戦争、ロマノフ王家一族や貴族の浪費のために大変経済的に苦しい状態に陥りまして アメリカに話をもちかけたわけです。
スワードは 国民より 「巨大な冷蔵庫 を買った愚行」 と言われましたが、なんの なんの、 アラスカは宝の山でして、毛皮は獲れるわ、金は出るわ、石油の埋蔵量果てしなく有ると言います歴史を持って居ました。
今では 720万ドルなんて ベバーリ ヒルス で家を買うとしたら 犬小屋くらいしか有りません。 アメリカはすばらしい買い物したわけです、と 株みたいなものですね。