<今日は パームサンデイ です。
教会にで特別な お話と 「シュロの会」 のメンバーによる コーラスが有りました が とほほ なのです。
最近 Canon 1000 のカメラが見当たらないのです散々探してもこれは手のひらサイズで便利なのです、そうかと言って大型の D50 は持って行けません、仕方がないので 前の古い Canon S30
を持ってゆき写しました が PC のプログラムが新しくなりトランスフアーが出来なくなりましたのです 全く PC も新しいのは良いけれどこの様な不自由さがあります。
明日はどこか友達に頼んで映像にしてもらう載せますね。



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IL DIVO の 歌います 「Amazing Grace]です。
この歌は 賛美歌で、ジョン ニュートン の作詞です(イギリス人)作曲は不明ですが アイルラド民謡から来ていると言われて居ます、賛美歌は何かもすばらしい曲があります。
この日曜日に 歌いましたのは 賛美歌136「血潮したたる主の御頭」でした、1週間後には キリストが処刑をされます金曜日が来ますからその思いを込めての賛美歌でした。




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上の3枚の画像は私が毎週日曜日に行きます教会です、綺麗な青空の下青いドーム が映えています。
残念ながら 「シュロの会の」皆さんの合唱が見ることが出来ません、私の ドジ で画像は有るのですが古いカメラで トランスフアー が出来ずに掲載できません、 又 この次の イースターサンデイ に再び特別礼拝が有り 合唱も有りますその時に致します。 パームサンデイ の 祈祷会。

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ついでに我が家の 黄金色のランが花盛りです、見事で豪華....




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2010年2月12日 夜9時開催の 冬季オリンピックの開催式です、ぜひこれだけは掲載します。
USA の入場行進です。

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アポロ アントン オーノ、ショートスピードスケーターです、彼は過去に何回もメダルを獲得しているアメリカの
ホープ、19歳から オリンピックに参加しています。
シャアトル生まれの お父さんは日本人でお母さんはラテン系ですが ご両親は彼が赤ちゃんの時に離婚。
その後はお父さんと二人の家族です、彼には又の顔が有ります、社交ダンスの名手で競技会には度々
出ています明るい青年です、今年28歳。




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長洲 アイリーン 未来さん、 今夜の フイフギュー スケート ダンス に出場の アメリカ代表 16歳です。

生まれは LAの隣の市 Montebello、今は Arcadea に在住、ダイナミックな滑りと優雅さと若さで最高の人気です。 ご期待下さい。




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Victoria Secret の バレンタイン の広告です、とても 艶やかな表現ですね~

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こちらは 女性向の洋服やさんですね、今日は大変よく売れるでしょう、彼が彼女に贈るから しかし ダイアモンドがダントツです、まァー チョコレートはどうでしょうか?

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今日の日の 素晴らしい デコレーションのケーキ類、 我が家から30分ほどの Glendale と言います街有ります、ここのお店の繁盛振り 画像でお見せしたい、 私も好きだけれど 友達にも好評ですが、遠い、何時もメチャ混んでいる と言いますお店、でも私は今日は行きました ↓ 画像で紹介する クッキーを買いにね。

アメリカは イチゴ がバレンタインの主役です。お店の名前は ”Porto’s”

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バレンタインの 花です、私は 薄ピンクバラを頂きました、

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このお店は イギリスが本社の 「Crab Tree」 と言います、少しお高めですが 私の オーデコロン、キャンドル。その他 もろもろの 香り系はここと決めています、香りは 「Summer Hill」です。


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ここのお店は 観光客 と言います地元の私達も大好きな 「See's Candy」 です。

Gdiva よりもっと庶民的で 美味しいお店の バレンタイン の飾りつけ....
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今日 友達から貰った バレンタイン クッキーです~、朝は教会に行き午後は食事に友人と行き、(夫は ゴルフです、我が家は相手を束僕しないのが美徳?)。

この様にして バレンタインは過ぎてゆきました、今週の 水曜日は 「Ash Wednesday」 この前夜に リオ では カーニバルが始まり、 「New Oleans」では Mardi Gras」の賑やかなお祭りが始まります、これから Good Friday までの金曜日は肉断ちをします キリスト教徒 特にカソリック教徒の戒律は厳しいです、小さい子でもこの戒律は必ず守ります。

ですから リオ の カーニバル は一名 「謝肉祭」 と言います。



今日は アラスカ、オーロラの旅の3日目です。

お待ち兼ねの 北極圏行きの日です、大体往復 15時間以上はかかると言われて 朝4時に出発!!。

3時起きは辛いです、 同行者は8人、私達の仲間は5人、台湾から来た女の子2人、白人のオジサマ1人 と言います編成で、 チエナ温泉を 迎えの車で フェアバンクス の街まで1時間40分 車に揺られて連れて行かれ

イヨイヨ 本格的 北極圏 の旅の始まり、 ドライバー は ベテランの ノーマンさん、このアラスカでは30年の年季の入ったお方、命は彼にすべてお任せ.....イザこの車で ダルトン ハイウエイ を行きます、外は真っ暗

目指すは 北緯 66.30度です、皆さん地図を見て下さい。


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真っ暗の中を車は進みます、時々林の中から ピカリ と 2つの光、エルク が朝の食事を探しに ハイウエイの

傍まで出てきます、大きさは大体 子馬ほどで 

ぶつかったたらそれこそ 自動車事故と同じ状態になるそうですと、ノーマンさん が言われて車は大破損、エルクは死亡と言います惨事なります。


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これが唯一つ北に向かって走って居ます ハイウエイです。

本当はこの道は アルコ石油会社の作業用の道で、我々観光者は 使わせて頂いて居るのだと ノーマンさんが言って居ました、雪道の走行には規則が有ります、まず 真ん中を走る、少しでも横道に掛かると二度と本道に戻れなくなり、遠くトーイング カー を呼び何時間もこの雪の中で待たねばなりません。

と 中々厳しい運転です、この先に エスキーモー の部落が有るそうですが 若し車で行く場合は1泊しなければなりません と はるか彼方。 この ハイウエイ の最後の町は 「North End」 といいますが良い得て妙ヘ(゚∀゚*)ノそこには人はすんで居なくて 石油会社の人が一年中在駐して居るそうです。


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今日は良く晴れた日ですが 温度は 華氏でマイナス40度です。

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轟音を立てて通り過ぎる 石油会社のトラック、脇によけて道を譲ります、ブチアッタタラ 木っ端微塵になりそうです、お借りしているほうは遠慮がち、この車が来るのはお互いの無線で連絡をとり、今トラックが何処を走って居るか先行車に知らせてくれますから あらかじめ私達は脇によけて トラック の通るのを待って居るわけ。


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この 青空を見て下さい、雪を被った アメリカ杉 が際立って青空に映え、青空はまるで 地球を宇宙から見た色ですね。



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途中に有ります、キャンプ グラウンド、ですが 今は冬季の為にお休み。

まったく 大変です、この絵 が有ります処に 大事な トイレ が設置されています、ノーマンさんは 皆に聴きました、今ここで行かないとこの先には長い距離に有りませんとね。皆 希望です、が その時彼が 便座の様に切り込んだ スポンジ 見たいなの貸してくれ これを使わないと 貴方方はトイレから帰れないと(笑; 本当でした 座ったら最後皮膚が絶対離れなくなるようになります、経験者はスバラシイ!! 彼はガイドもしますし、歴史も話すし、今 アラスカはどうなって居るかと、などなど。

私達の 質問にも的確な答えを出してくれます。


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先のところから間も無く ユーコン川が流れて と言いますか、凍って言いますか、雄大なその姿を見ることが出来ました。


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ユーコン川の 橋の上から撮影した ユーコン です、今は厚い氷に覆われて居ます この川には春にはサーモンが続々と遡ってきます、冬季は スノーモービル が走って道路代わりに使用とか、6月は来ないほうが良いと言われました、蚊の大群が発生してひどいめに会うと。

ユーコンは最後に遥かな旅を ベーリング海に注ぎ終わります。


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ユーコン川を越えて 又再び ダルトン ハイウエイ です、今度は山を下ります、先ほどの

沢山の樹氷を見られたでしょう、あそこが一番高い所で雪の量も ハンパ でないです。

これからは 下りが続きます、下りはスピード出すぎ非常に危険だと言いました、ブレーキはやたらに踏んではいけません、その反動は雪道では恐ろしい事故に繋がります、私も シカゴ に

居た時に 運転の難しさを嫌と言いますほど経験しました。

はるか行けども、行けども~大地ばかりの アラスカ自動車旅行。


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ダルトン ハイウエイ で最近亡くなった エスキモー の方のメモリー。

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走行中に分かる外気です、運転席からしか 外の景色は見ることが出来ません。

サイドの窓は 氷で覆われて車中の温かい温度でも解ける事が無く、助手席は交替で座るようにと ノーマンさんが言いました、仲間男性はカメラを持って来なかったので私に自分の番の時には譲ってくれました、なんでカメラ持って来なかったの と 聞いたら オーロラを見るだけで充分なのだ と 言って居ました、帰宅後彼に色々な画像を送って上げたら 友人が話を信用しなかったのが その目で見て皆が毎日その話で盛り上がったとのこと。
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またもや 資材を積んだトラックがジェット機の様な音を立てて通り過ぎました。


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この両側のに生えてる木々は土地が ツンドラ(凍土)のため育つのが大変遅く箸の太さになるまでには10年は掛かります。この大きい木々は100年は経って居ると ノーマンさんが説明していました、が 彼が持ってきてくれた木材の切断見本を見せ これは何年と言われたの うっかり写真を撮るのを忘れました、が 最近良く山火事が起きて 人災、天災、と両方ですが 一度焼けたら100年は掛かるといわれて、我々は自然を大事にしなければと思いが一層募りました。
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遠くに見えます山並み 雪に覆われ青く輝いていました。


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仲間達です、こちらを向いているのが ドライバー兼ガイドの ノーマンさん。

この様な防寒服でも寒いです。

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とうとう 到着した 北緯 66.33度 地図で見ていただくと分かります、完全に 北極圏ないです、 皆は興奮してお互い記念に写真を撮りあいました し 私達も皆並んで記念写真です。

これは掲載はやめました、何故かどなたにも了解を得ていないので。

ここで ランチ を 摂る事になりました が ノーマンさん が 表にテーブルを置いてピクニック スタイルが良いか、又は車の中で食べるか と 私が一番先に声を挙げ 車の中 と 言いましたら 皆も当然さ.....と同意。

美味しい サブマリン サンドウイッチ、暖かいスープ、コーヒー、紅茶、とデザートに果物が用意されていました、楽しかった ランチ。
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上の2枚の画像は 石油送油パイプです、 アンカレッジ の港まで延々と続いて居ます、

夏に行きました時に その途中を見学した事が有ります 内部を切断して見せていましたね。

アラスカで積み出す 石油の全総生産の内に 日本に積み出すのは 38% だそうです と日本は石油が無いため他国より買い求めていると言いますのがこれで分かりました。

この2枚の画像は帰りで日も落ちかかって益々寒さが厳しくなり横着して車の中に居て

ノーマンさんに カメラを渡して撮って来てと頼んだもの、彼の構図は良いですね。

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夕焼けの中我々は帰途に着きしたが、台湾の女性達が未だあちこちでスットプかけて写真を撮影で帰りは大変遅くなり 予定より2時間遅れました。一人の子は中西部に留学に来ていて英語は達者です と お若いお嬢さん達は他の方達の事は構わないようでしたね、そこがアメリカ人何も言わずに辛抱強くお付き合いです。


2007年2月の アラスカ オーロラ紀行です、明日はLAに向かって帰宅です、何と楽しい旅だった事か 生涯忘れない思い出です。

自然大好き人間の私はこの様な旅行は何回でも行きたいです。

今回は オーロラ は失敗でしたが、土地の人に 9月に来なさい 紅葉が美しく、オーロラ も天気次第で見ることが出来、余り寒くも無いと勧められて 今度はそうしようと計画を立てたのが

先の事は分からないもので、この年の6月 ロシア旅行の後に ガン発生の非常事態でそれからは2年半の闘病を余儀なくされた年月でした、今はもう無理かな?


長い間 アラスカ旅行 をお付き合い頂き有難うございました。

又の機会にこの欄で ロシア旅行記を何時か UP 致したく思います その節は又お立ち寄り頂けましたら大変嬉しいです。

最後にもう少し アラスカ の歴史をご紹介まで。


1867年に 当時の 商務長官: ウイリアム スワード がロシアより 720万ドル で買いました、当時のロシアは金欠でして クリミア半島戦争、ロマノフ王家一族や貴族の浪費のために大変経済的に苦しい状態に陥りまして アメリカに話をもちかけたわけです。

スワードは 国民より 「巨大な冷蔵庫 を買った愚行」 と言われましたが、なんの なんの、 アラスカは宝の山でして、毛皮は獲れるわ、金は出るわ、石油の埋蔵量果てしなく有ると言います歴史を持って居ました。

今では 720万ドルなんて ベバーリ ヒルス で家を買うとしたら 犬小屋くらいしか有りません。 アメリカはすばらしい買い物したわけです、と 株みたいなものですね。