その女の謝罪会見の効果は誰もの想像を超えていた。インターネット上の掲示板やSNSでは女を養護する投稿が多数派となり、動画投稿サービスでは女の親族を名乗る人々が謝罪動画を投稿する始末である。数ヶ月でも活動を自粛すれば、人々は女の罪を許し、復帰を大いに喜ぶだろう。数日ぶりに自宅に帰った女は、安らかな深い眠りへと落ちていった…
もう数時間もの間、女は放心状態で点けっぱなしのテレビを眺めていた。時刻は日曜日の夜九時過ぎである。本来ならばこの時間、この国のテレビの実に3割ほどが、今をときめく二枚目俳優Nの演じるミステリアスな青年、そして女の演じる平凡な少女との甘酸っぱい恋のドラマを映しているはずである。女はこの四半世紀でもっとも成功したアイドルグループの、その人気を一身で支える不動のセンターだった。メディアへの露出が増えると同時に女の持つバラエティタレントとしての素質、そして演技の才能は周知のものとなり、あと数年のアイドルとしての活動の後は、女優としてこの国の芸能界の顔となっていくことを期待されていたのである。しかし、今テレビを見つめる女の目に映るのは、突然空いた放送スケジュールの穴を埋めるための、つまらないオカルト特番である。
一年前に年上の大物女優と結婚し年末には第一子の出産予定を控えるNと女の不倫が週刊誌にすっぱ抜かれたのは、三日ほど前のことだった。今は郊外のホテルの一室に身を潜めているが、明日にでも事務所は報道の内容を認める声明を出すだろう。そうすれば、女を待つのは世間からの厳しいバッシングの嵐、そしてスターへの道は暗く閉ざされるだろう。酒をあおりベッドに横たわったが、そんな考えに頭を支配されていてはとても眠れない…
「失礼、今晩は。」
突然ドアの方向から聞こえた声に女はベッドから飛び起きた。見れば確かに鍵を掛けたはずのドアの内側に黒いスーツの男が立っている。この場所を嗅ぎつけたパパラッチの類だろうか?しかし、ここには人を通さないよう見張りがついているはずである。
「いえいえ、私は怪しい者ではございません。あるお得意さまのお願いで、あなたをお助けするために参ったのです。」
やはりこの男は事情に通じているようである。しかし、カメラを向けてくる気配もなければその物腰はひどく柔らかなので、女はひとまず話を聞いてみようという気分になった。その男は続ける。
「あなたが広告塔をつとめる企業、あなたにとっては一つ一つ覚えていられないほどの数の内の一つかもしれませんが、その一つですよ。社運をかけてあなたに託した会社のイメージのダウンを防ぎたいということで、私にご相談をいただいたのです。」
なるほど、女のスポンサーを務める企業にとっては、今回のスキャンダルは重大なイメージダウンに繋がるものであるから、これから正式に発表があり、女がマスコミに揉まれる前に、身の振り方に指図をつけようとコンサルタントを寄越したというわけだろう。しかし、既に世論は厳しい批判の矛先を両名に向けており、どう居住まいを正したところで傷ついたイメージを回復させることは不可能といったものである。
「あなたは明日、事務所が指示するとおりに謝罪会見を開いて頂くだけでいいのです(まだ伝えられていないかもしれませんが、きっとそうなります)。そのカメラを通じて、私が会見を見ている人々にちょっとした催眠術をかけるのです。」
数秒間、女は呆れて言葉が出なかった。テレビ越しに催眠を掛ける?このペテン師を遣わした企業は、よっぽど追いつめられて精神が参ってしまったようである。
「私としてはあなたに信じていただけずとも仕事は果たすつもりです。しかし、あなたには明日の会見に堂々と臨んでいただかなくてはなりません!簡単に仕組みをご説明すれば、きっと信じていただけると思います…」
「地上には人間一人当たり70億人の他人が存在しますが、あの、そうです、テレビの中で毎日のようにあなたを見ていた人たちは、そんな無数の他人の中であなたのことをかなり特別に感じているはずです…単純接触効果という言葉もあります。つまり、彼らにとってあなたは他人と「他人以外」との境界線の近くにいるのです!私がその境界をちょうど塗れたインクプリントのようにぼかして差し上げまして、彼らはあなたを友人以上に近しい存在、つまり…家族と感じはじめるというわけです!身内のしでかした事には甘くなってしまうのが人情というものですから、あなたのした事によるイメージの低下は押さえられ、すぐに回復するというわけです!これで大まかな仕組みは解っていただけたことでしょう。方法についてはどうかお聞きにならないでください。私としても企業秘密という物がありまして…」
そう言い残すと、黒いスーツの男は部屋から消えていた。
女が目を覚ますと、時計の針は既に正午過ぎを指していた。結局男の言ったとおり記者会見が開かれることとなり、女はただ謝罪の後用意された質問に答えただけであったが、会見は大きな反響を呼び、その日の内に世論は女を擁護する方向に大きく傾いたのである。男の言った通り女のイメージは大きく損なわれず、数ヶ月の自粛の後には完全に回復するだろうという予測に切り替わり、事務所やスポンサー各社からも契約解除や違約金の請求は申し入れられなかった。全ては想像もできなかったほど良い収束を見せそうである。女は満ち足りた表情で携帯電話のSNSアプリを開いた…
「娘」と共犯であるにも関わらず不倫した全責任をNに押しつけ、行き過ぎた誹謗中傷を続けるインターネットの「母親」たち、「娘」がそんな男に引っかかったことに苦言を呈するインターネットの「父親」たちのリプライで画面は埋め尽くされた。そして「母親」からの愛に飢え心を病んでしまった、インターネットの「子供」たち………
(おわり)
あとがき
小学生の頃狂ったように読んでたのに全然星新一っぽくならなかった。あとタイトルが思いつかなかった。以上