皆さん、こんにちは!2026年が始まり、新しい趣味や学びに挑戦する方も多い時期ですね。
そんな中、ふと「そういえば、あれは自分には到底太刀打ちできなかったな…」と思い出したものがあるんですよ。
それが「囲碁」です。
最近ではアニメやネット対局の影響で、若い世代やビジネスマンの間でも注目されている囲碁ですが、皆さんは体験したことがありますか?
私は高校生の時に一度だけ打ったことがあるのですが、その時の衝撃(というか敗北感)は今でも忘れられません(笑)。
今日は、なぜ私が囲碁を「自分には向いていない」と断言するのか、その理由をお話しします。
「何でもできる人」に憧れた時期もありましたが、一度の体験で「あ、これは無理だ」と潔く認められたことは、今の自分にとって、得意領域に集中するための大切な判断基準になっています。
第1章:結論、囲碁は驚くほど「脳」を総合的に使う
一度の対局で痛感したのは、囲碁には想像を絶する「先を読む力」と、脳を総合的に使い切るパワーが必要だということです。
高校生の時、盤面を前にして最初に感じたのは「自由すぎて、どこに打てばいいか全くわからない」という困惑でしたねー![]()
囲碁は脳を総合的に使うことが明確に示されているゲームです。
二手、三手先をシミュレーションし続ける作業は、当時の私にはあまりに負荷が高すぎました![]()
一手に全神経を使い果たし、対局が終わる頃には知恵熱が出そうになったのを覚えています。
この「先を読む力」を使いこなすには、並外れたトレーニングが必要だと痛感しました。
戦略的に数歩先を考えることは大切ですが、私はどちらかと言えば、目の前の課題を一つずつ丁寧に片付けていく「着実な実行型」なのだと、盤面の上で突きつけられた気がしますね。
第2章:私にとって、囲碁は「脳の休息」にはならなかった
囲碁には高い集中効果がありますが、私にとってはリフレッシュどころか、脳を極限まで酷使する体験でした。
一般的に、何かに没頭することはデジタルデトックスに近い効果があると言われることもあります。
囲碁の集中効果については裏付けもありますが、私にとっては「脳の休息」ではなく「認知負荷の高さ」による疲労の方が勝ってしまいました![]()
静寂の中で盤面だけに集中する時間は、外部の情報を遮断してくれます。
しかし、その中での激しい脳内格闘は、高校時代の私にとっての「癒やし」とは程遠いものでした。
集中力の使い所が、自分の性質と大きくズレていたのです。
「集中できること」が全て自分に合うとは限りません。私にとっては、静かな盤面に向き合うよりも、もっと直感的に動ける活動の方が、心身のバランスを整えるのに適していると確信しました。
第3章:まとめ|「やらないこと」を決める戦略的選択
高校時代に一度だけ体験した囲碁は、「自分に何が向いていないか」を教えてくれた最高の教材でした。
囲碁は、脳を鍛え、マインドフルネスを実践する素晴らしい手段だと思っています。
でも、私はそれを「やらない」と決意しました。
経営学の一般理論でも言われるように、限られたリソースを自分の強みに割り当てる「選択と集中」は、成功に不可欠な戦略だと思っているからです![]()
副業も趣味も、自分の特性を理解した上で選ぶことが、結果的に自分を「ご機嫌に」保つ秘訣だと思います。
高校時代に「向いていない」と知ったおかげで、今の私は自分に合った道に全力投球できています。
皆さんは、「一度やったけれど、自分には絶対無理!」と思った経験はありますか?
「向いていない」を知ることは、決して逃げではなく、自分のエネルギーを正しく使うための前向きな撤退です。これからも自分の心に正直に、得意なことを伸ばしていきたいですね。
囲碁やったことある?
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