みなさん、こんにちは。

コロナ禍でどうなるかと心配された東京オリンピックですが、盛り上がりを見せていますね。

腎臓病を抱えていたり、腎移植を受けるとスポーツなんてとてもできない、と考えられる方もいらっしゃるかと思います。

しかし、世界には腎臓病があってもトップアスリートとして活躍されている方がいらっしゃいます。

私は高校、大学とラグビーをしていたので、特に印象にあるのはラグビーNZ代表として大活躍していた、ジョナ・ロムーという選手がいます。

ロムーは丁度私が高校から大学の頃にかけて活躍していた選手ですが、現役時代からネフローゼ症候群に悩まされており、丁度活躍していた頃にも実は闘病しながら一流選手として活躍していたようです(当時の私は知るよしもありませんでしたが)。結局腎移植を受け、その後数年もプレイヤーとして頑張られましたが、残念ながら移植腎機能が悪化し、二次移植を待ちつつ透析をしていたようですが、2015年に40歳の若さで亡くなられたようです。

世界移植者スポーツ大会、や日本移植者スポーツ大会というのもあり、移植のシンボルである、グリーンリボンを冠したグリーンリボンランニングフェスティバル、というイベントもあります(コロナのせいでこの二年は行われていませんが)。

適度な運動は移植腎を保つためにも良いことであり、こういったオリンピックなどの機会に触れ、少しずつ運動を始めるのも良いかと思います。

みなさん、こんにちは。

昨年、コロナウイルス感染症の流行により、多くの人の生活・行動様式に大きな変化が訪れました。

医療の世界においてもそれは顕著で、待機できるような手術は延期、となったり、また我々にとって大きな情報収集の手段である学会も、現地で開催、ということがなくなり多くがインターネットを通じたオンラインによる開催となりました。

しかし、オンライン開催が悪いかと言うと、そうでもない側面もあります。

学会にもよりますが、多くはオンデマンドの形でしばらくの期間視聴可能にしてくれるので、これまで現地で聞いている時は聞き逃した、メモできなかった、というようなことがなくなり、聞きたいところは繰り返し聞いたり、ということができます。

また、数日臨床の仕事をおやすみして遠方まで参加、というのもなかなか難しいこともあるのですが、日常診療を継続しながら空いている時間に視聴することができる、これも良い面だなと感じています。

同じ仕事をしている仲間たちと直接会って情報交換したり、お酒を酌み交わしたり(笑)できない部分は寂しい面もありますが、コロナウイルス感染症が落ち着いてからも、現地とオンラインのハイブリッド開催などしていただけるとより多くの人が情報収集できるのではないか、と期待しているところではあります。

みなさん、こんにちは。

今日は腎移植の歴史について触れてみようと思います。

腎移植は固形臓器(心臓、肺や肝臓など)の移植の中で最も早くから行われています。

古くは20世紀初頭(1900年代)から腎臓移植というのは試みられていました。と言ってもこの頃は実験に近いような医療で、いわゆる異種移植(他の動物からの移植)などで当然ながら機能することもありませんでした。

ヒトからヒトへの最初の腎移植は1930年代に行われましたが、これも当然ほとんど機能することはありませんでした。

最初の腎移植の成功例は1951年から翌年にかけ、9名の腎不全患者に対し行われた生体腎移植であり、これも成功と言っても6ヶ月移植腎が機能しただけで、他の患者はほとんど短期間で拒絶反応と考えられる移植腎機能廃絶を来しました。

なぜ、こんな無茶して移植をするんだ、透析で良いではないか、と思われるかもしれません。

ただ、透析自体も極めて歴史の浅い治療法で、動物を用いた世界初の血液透析が1910年代、人体への血液透析の実施が1920年代、急性腎不全患者の救命に成功したのが1940年代、日本で急性腎不全患者の救命に成功したのが1956年と、まだまだ気軽に透析を選択できる時代ではなかったのです。そういう意味では、腎移植と透析療法はほぼ同時に進歩の過程を辿っている、と言えるかなと思います。

腎移植が劇的にうまくいくようになったのは、拒絶反応の原因が免疫の問題にあることが理解され、免疫抑制剤の開発が進んだ1960年代に入ってからでした。

それから免疫抑制剤や臓器保存の方法など進歩が進み、現在に至っています。

20年弱、免疫抑制剤の進歩は止まっていますが、先人たちの苦労に思いを馳せつつ、さらなる成績向上に寄与できるよう頑張らねばならないな、と思っています。