妻が息子二人と共に実家に帰った。
ゲキ鬱で身体が動かないため、長男の運動会が終わってから、義両親と一緒に帰った。
いつもの事だが、あちらからメールや電話がくることはない。
こちらからメールしたり、電話したりしてから返事があるくらい。
今回は、彼女から連絡あるまで待ってみることにする。
彼女のことも、2人の息子のことも凄く心配だが、とりあえず待ってみる。
この土日、プールに花火大会などなど、諸々の家族サービスでくたびれた私ですが、家族が楽しんでくれたから別に悪くないo(^-^)o

加えて、プールサイドで長男と戯れつつ、水着姿の美人さんたちが目に入っていたことも事実( ̄∀ ̄)
ある美人なママさんは、歳の頃30代前半。ムッチリした身体つきが災いしたか、水着の上からラッシュガード着ているのに、胸のポッチがくっきり\(☆o☆)/
ドキドキしながら、側にいました(^_^;)
いやはや、眼福(≧∇≦)
妻がイライラ&鬱々としているようだ。(妻Twitterより)
どうしても自分に幸福感が生まれないようだ。
被害者意識が先に立ち、どこかに「こんなはずじゃ無かった」と周囲も自分も恨んでいる。

諦めが悪い性格は解っている。だが、自分が流れ着いた場所に合わせて、過去を許容し、未来を展開していく機能がこんなにも墜ちているのが理解出来ない。
私はかなり若いうちに、自分の未来の範囲を制限された。
農家の長男(兄妹の2人だけ)が跡を継がない選択をする環境になかった。
就きたい職業は沢山あったが、そのほとんどが枠をはみ出していた。