光秀は、覚慶の言葉がよっぽど嬉しかったのか、つい心にもない事を言ってしまった。
 だが光秀は今度こそ覚慶が、この寺を出て上洛する決意を固めた事が嬉しかった。
「節庵先生、本当に覚慶様の心の病は治りつつあると考えても宜しいので、ございまするか?という事は、この寺を出て越前に向かい我が主君・朝倉義景殿と手を携えて京に上洛し、室町幕府の再興という夢の準備に入っても良いという事でござるか。」
 普段は生真面目一本の光秀だが、この時ばかりは、まるて子供のように笑い乍ら言った。
「そうですなぁ、まだ私は御門跡様の場合、その時にあらずと思うが・・・。確かに光秀様の手当が良かったのか、それとも、あの煎じ薬が効いたのか一時に比べたら四方山話とかはだいぶん、御出来になる様にはなられたが、それをして一気に寺を出るとか上洛する
と言われても薬師としては、まだ首を縦には振れまへんな。」
 節庵に、そう言われて光秀の夢は一気にしぽんだが、ここで節庵が透かさず言った。
「じゃがもし、この先も貴殿と細川藤孝様が御門跡様と行動を共にする御覚悟があるのならば特別に、この寺から出る事を許しましょう。まだ心の病が完全に治ったわけではありまへんし、また何時、心の病がぶり返すかも知れませぬが幸い貴殿は多少なりとも医術の心得があるそうですなぁ、貴殿が御門跡様の側で見守ってくけたら安心じゃ。」
 その節庵の言葉に光秀は心の中で、ほっと安堵の息を漏らしていた。
「節庵先生それがしと藤孝は、この先何があっても覚慶様のお側に侍りまする。無論この先も、それがしが覚慶様の御身体と心の病は診まする故、何卒この寺からお出し下さいませぬか。先生がここで覚慶様、御本復という判断をして戴ければ話が前に進みまする。」
 .光秀がそう言うと、節庵は何とも渋い顔をして・・・・
「御門跡様ご本復にございます。快念様、床上げを御願い致しまする。」と言った。
 この節庵の言葉と判断を光秀と、藤孝よりも一番喜んでいたのは他ならぬ快念だった。
「はい、判りました。御門跡様、御本復おめでとうございます。こ、これ小念、何をして居る。御門跡様、床上げじゃ・・それとこの寺の門徒衆と近所の人達を招いて酒盛りじゃ」