卓は昭二郎を見ると、ハッと気が付き少し緊張したのか・・・・・。
「あッ、ご主人様ですか、あのォー、僕、杉田ですヨロシク」と、大きい顔を恐ばらせて、卓は昭二郎に挨拶した。  昭二郎は卓を見ると初対面だが妙に懐かしそうな顔をして「おお、お客さん、よう寝とったなあ、それで何か用があるんけーのう。何の用じゃ」
と、優しそうな声で言った。
卓は昭二郎に、そんな言葉をかけられるとは思っていなかったので一瞬、驚いた。
「話は、悪いとは思ったんやけど、寝た振りをして途中から聞かせてもらいました
何か大変お困りの様子ですね、何か僕達にできる事があればいつでも言って下さい」
  卓は、そう言うと、カウンターの隅にある金箔の龍の置き物を見ながら、昭二郎を見た
  昭二郎は、卓の事を七年前に家を出た一人息子の昭夫の面影とダブらせていたに違いなかった。少し沈黙をしていた二人は、お互いをけん制しながら、どちらからともなく話のきっかけを見つけようとしていた。そして卓が・・・。
「さっき車の運転が  出来ないとか言う話をしとったけど、車の運転ぐらいやったら
僕を使って下さい。こう見えても僕はA級ライセンスを持ってるんや」
「ほう、ほんなら車の運転は大丈夫やな」  昭二郎は一瞬、ホッとした。
「その代わり、一つだけ条件があるんやけど・・・・・」
「何や、その条件ちゅうんは・・・・・・・・」昭二郎は、何も知らない様だ。
「実は・・・僕とひろみは、東京からカケオチをしてきたんやけど、途中で熱海のホテル代を慌てていたもので、払わずに出てきたので、どうも大騒ぎになっているらしいんや
それで、とりあえず二人で相談した結果、しばらくの間、ここに厄介になろうということになったんやけど、勿論、お金は払うから・・・・・・・」と卓は、昭二郎に全てを話した。昭二郎も卓から、話を聞いたからという訳ではないが、双見荘の事を話す事にした。
                                        わし
「判った面倒みようやないけん、その代わり儂の話も聞いて欲しいんじゃけんう。
実は、この双見荘という旅館は山鏡館という旅館の下請けになっているんじゃ、
それで察しはついとると思うんじゃけんのうー、山鏡館という旅館の大将に、広島まで
自分の娘の結納品を儂に車で、運ばせようとしとるんじゃけんのう」
  昭二郎がそう言うと、卓は不思議そうな顔をして・・・・・・。
「何であんたが結納品を運送屋みたいな真似をして、運はんといかんのや」と聞いた
「実は、さっきも言ったけんどのう、この双見荘という旅館は山鏡館という旅館の下請けになっているからのう、大将には頭が上がらんのよ、今度の仕事でも、もし逆らえば
(もう客は回さん)と言うんじゃけんのう、そうなったら一番損をするのは、下請けの儂らじゃけんのう仕方ないわ」と、昭二郎は諦め顔で言った。
  卓は立ち入ったことを聞くのは、昔から余り好きではなかったが、今回だけは自分自身で納得がいかなかったから、徹底的に事情を聞こうと思った。
「何でそんな旅館の下請けになったんや、訳でもあるんかいな」
「話せば長ごうなるんじゃがのう、この双見荘は明治の終わりに、ここにおる美代子の
祖父が始めたのじゃが、その息子、つまり美代子の父親がうまくいっていた双見荘の前身の『宮毛屋』をサイコロばくちと酒と女ですっかり擦ってしまってのう、その上に戦争で何もかもなくなってしまったんよ、でも戦後の混乱期をどうにか凌いで、儂がここに来た昭和30年頃には、何とか再建のメドがついたのじゃが、その時に百万円という大金を貸してくれたのが山鏡館の先代の旦那様なんじゃ、そんな訳で代が変わった今でも儂は
山鏡館の大将には頭が上がらんけんのう、困ったのう」と昭二郎はしきりに頭を抱える
ように言った。