暫くして、玄関の方に人影があるのを長女の優子が、気が付いて・・・・・・・
「誰やろか、ちょっと見てくるわ。」
  優子が玄関に出ると、そこには信子が立っていた、信子は優子を見るなり・・・
「あのー、杉田龍子さんのお宅でしょうか?」と聞いた。優子は不思議そうな顔をして
「そうですが、どぢら様ですか」  「私、こういう者です」と信子は優子に名刺を2枚も見せて「妹さんてすね、お母さん、いらっしゃいますか」と聞いた。
「はい、お母さん、お母さんお客さんよ。」と優子は慌てて食卓に龍子を呼びに行った。
  龍子は名刺を受け取ると、およその察しはついていた様子で、食卓から出てきた。
「まぁ、遠いところを来て戴いて  どうもすんまへんなぁー、まぁこんな所で立ち話も
なんどすから、上がっておくれやす」と龍子に促されると、信子は・・・・
「そうですか、それじゃ失礼します、もうテレピや新聞でご存じだと思いますが、
卓さんが今、警察に追われていて危ないんです。」
「それは知ってますけど、卓が見つかりましたんか?」
「そうではありません、ただ私は、ここに卓さんが帰っていないかと思いましてね」
  信子にそう言われると、龍子は不思議そうな顔をして・・・・・
「見たら判るはずや、ここには卓の「た」の字もおらへん。居所を教えて欲しいのは
こっちの方や」と龍子は少しけげんな表情になった。
「それじゃ、ここには帰っていないんですか?」と、信子が言うと龍子は当然だというような顔をして、小声でそっと呟くように・・・・・・・・・
「当り前やろ、そんなもん、こっちかって一応卓の親どすさかいなぁ、どこの世界に
我が子の行方を気にしない親がおるかいな」と言った。
「実はですね・・・・・」と信子は龍子に清美から聞いた  あの話をした、勿論、
卓の東京での暮らしぶりや、ひろみの事、そして今回のカケオチに至るまでの経過などを全て龍子に話した。
  龍子は卓が、東京の普通の会社で、マジメに働いていると思っていたから、
まさか卓が水モンになっているとは、思っていなかったに違いない。
「そうどすか、あの子がそんな事をしてるやなんてテレビや新聞で見たけど、信じれん
かったんやけど、あんたが言うんやったら、多分、間違えないどすやろ」
「信じて戴けるのなら、もう一つ言っておきたい事がありましてね、今度の事件を
警察側は卓さんの事を殺人犯だと疑っているらしいんです。勿論、私や雄山閣ホテルの
結城支配人も、卓さんの事を疑ってないと言うことだけを信じて戴きたいのです」
「ひどい警察もあったもんやな、卓は人を傷付けたり、ましてや殺すなんて言うことは
絶対にしてまへん、母親のわての口から言うのも変な話やけど、卓は幼い時から思いやりがあって、面倒も良く見るし、ほんまにええ子やからね・・・・とても人を殺すなんて
やったとは思えまへん」
  龍子がそう言うと、信子も静かにうなずき「私は卓さんの事を信じています。
もし、ここに卓さんが帰ってきたら、何も言わずに暖かく迎えてあげてください」
「分かりました。そうしまひょ」
  龍子がそう言うと、信子は一応納得して杉田家を出て、熱海への帰途に着いた。
「舞鶴にも帰ってないとすると、一体あいつは何処に逃げたのかしら」と信子は帰りの
新幹線の中でじっと考えた。
「こんな事なら、あのお母さんに、あいつの友達の家の住所ぐらい聞いておくんだったわ今さら後悔しても仕方ないけど・・・・。それにしても憂欝だわ、清美ちゃんや結城さんにどう言い訳しようかしら、まさか舞鶴まで行ってるのに、何も判りませんでしたとも
言えないし、ああ困った  困った」と頭を抱え込んでしまった。
  やがて定刻通りに信子の乗った新幹線は熱海駅に着いた、信子は駅から雄山閣ホテルに直行した。
「只今帰りました。ああ疲れたわぁ、舞鶴の市役所に行ったら石田さんという人に捕まって、色々と話をしていたらこんな時間になってしまったのよ」という信子に後ろから結城が声を掛けた。
「それで何か事件の手がかりや、二人の足取りは掴めたのかね?  まぁ君の事だから
僕も何らかの手がかりは掴んでいると思っているのだが」
  結城は少し微笑みさえ浮かべながら、信子にそう言った。
  信子は正直だから、すぐ顔に出る  だからその時も・・・・・・
「はぁそれが・・・・・実は資料をひっくりかえしていたら、ヤミ米事件の資料が
出てきましてね、その事ですっかり時間を取られて別のことは何も判りませんでした。
その代わり杉田の家に行って母親に会ってきました」と信子が言うと、結城は少し
残念そうに呟いた。
「そうか・・・・・それは残念だなぁ、せっかく期待していたのになぁ」
「ご期待に添えずに、申し分けありません。しかし母親には会って我々の意見を伝えて、納得してもらいました」信子はそう言うと、結城に許しを求めた。
「そりゃー良かった、お母さんに我々の言い分を判って貰っただけでも、君が舞鶴まで
行った甲斐があったと言うもんじゃないか」
「結城さんにそう言って貰うと、有難いわ、実は私ね結城さんに怒られるんじゃないかと思ってビクビクしながら帰って来たのよ」
「馬鹿だなぁ、何だって僕が君を怒らないといけないんだ。」と結城は、信子を慰めた。
  結城は信子に対して、期待はしていたが信子がそれを裏切ったからといって、信子を
決して叱ったりはしない。  それだけ結城は信子を信頼し切っているに違いなかった。
「結城さんにそんなに言ってもらうと、何か照れちゃうわ」信子は、少しその頬を紅色に染めながら、そう言った。
  二人が失踪してから、もう既に十日余りが過ぎようとしていたが、警察側も
ホテル側も依然として二人の足取りはつかめていなかった。