数日後、署内での会話・・・・・。
「峰さん、例の二人の身元が判りました」小西がそう言うと、峰元は血相を替えて
「な、何やてそれホンマか  で、何処の誰や」と言いながら、小西を蛇のような眼で
じっと見た。  その鋭い眼光は普段の峰元には考えられないほどの眼をした。
  もう二十年も前の事になるが、峰元はもう少しで生命を落としそうになった事がある。
  峰元が担当した事件の中でも、わが国最大のYという暴力団の分裂騒ぎに立ちあった時は、本当に生命の危機に陥ったのである。それ以来、峰元は事件を担当する度に、
「あの時の事を思い出すと鳥肌が立つんや。わては、それまでは自分で言うのも何やけど人のええ刑事やったが、今は、事件と聞けば殺しだと思っとるし、そう思わないとデカは勤まらんのや」と峰元は口癖のように言うので、小西も結果的に殺人事件でなくても、
峰元のペースに乗せられてしまうのだ。
  話を元に戻そう。小西は恐る恐る自分の机の右の引き出しから、まず卓の書類を取りだし、それを読み始めた。
「杉田卓、二十六歳。京都府舞鶴市出身で現在は東京の江戸川区に住んでいます。家庭の事情で、高校を出てすぐに単身で上京し、昼は都内のガソリン・スタンドに勤めて、夜は新宿の「ピンク・サロン」でアルバイトをして、田舎の母親や兄弟たちに仕送りをして、学費の一部を診ているという律義な奴で・・・・・・。とても殺しなんかできる奴とは思えません」と、小西が言うと峰元は少し驚いた様子で・・・・・・
「ほう、若いのになかなか関心な男やな、で、父親は?」と聞いた。
「それが奴が中学に入った年に交通事故で亡くなりまして、高校は何とか母親が無理をして、出してもらったらしいですが、その間も家業の万屋を手伝ったり、勿論、舞鶴でもかなり田舎のほうらしいから、それだけでは生活が苦しいので、新聞配達のアルバイトをして、家を助けていたみたいですよ」と、小西はそう言いながら峰元をじっと見ていた。
  峰元は、小西の説明を聞きながら何やら震えている様子だ。  見かねて小西が、
「峰さん、どうしたんすか身体が震えていますよ、寒いんですか」と聞いても、
「そんな事気にせんでええ、武者奮いや、それより話を続けてくれへんか」
「判りました、それで奴の家の家族構成は奴と母親と兄弟が4人、それに二年ほど前から居候のように住み着いている亡くなった父親の弟、つまり、叔父がいて奴を入れて7人ですが、今、田舎の家には母親と家業を継いでいるすぐ下の弟と、今年中学に入ったばかりの末っ子の男の子、それに叔父の四人暮らしで、他の兄弟たちは大阪や神戸の学校に行っていて留守らしいですよ。」と小西は卓の家族のことを峰元に言った。
「それにしても、わてはちっと気になる事があるんや。それはなー、この杉田って奴が
水モンやちゅう事や」峰元がそう言うと小西は不思議そうな顔をして・・・・・。
「何すか、その水モンというのは?」と聞いた。関東で生まれて育った小西にとっては、水モンという言葉は耳慣れない言葉だったに違いない。
「小西君、あのなー、東京の方では何と言うか判らへんけど、大阪とか関西の方ではな、水商売に勤める人の事を、水モンと言うんや、これは余談になるけどな、わても実は
水商売の店に勤めた事があるから、その辺の事情はよう判っとるつもりやったけど、それにしてもよう調べたなァ、何処で仕入れて来た情報か知らんけど、御前の情報はCIA並みやなあ」と峰元が珍しく小西を誉めた。
「僕の高校時代の親友が丁度、新宿のピンク・サロンに勤めてましてね、色々と教えて
くれるんですよ。金の事とかね・・・・・金の事で思い出しましたけど、最近では峰さんの言われる水モンの世界でも、女の方は勿論ですが、男の方も金銭的には恵まれている
らしくって僕も実は誘われたんですが、僕は仮にも市民の平和を守るデカですからね
その職を捨ててまで水モンになる勇気はありませんから・・・・」
「それでか、道理でよう知っとると思うたわ、いやーな、普段マジメな御前の事やから、めったな事はないと思っとったけど、そうか判った」と峰元が言うと、小西は得意そうに「峰さん、ついでに藤本ひろみの書類を出しましょうか」と言った。
「当り前やろ、早うせんか!ちょっと人が誉めたらすぐ頭に乗りよって、ほんまにお前は調子もんやなあ」と、峰元は小西を少し叱って、早く書類を出すように促した。
  しかし、峰元の言葉には決して説教じみたキツさはなかった。
  すると今まで調子に乗っていた小西は、何やらブツブツ言い乍ら、渋々今度は自分から向かって左の引き出しから、ひろみに関する書類を出して読み始めた。
「藤本ひろみ、二十一歳。岩手県盛岡市出身で現在は、東京都小平市に住んでいます。
この女、家庭が貧しかった上に兄弟が多かったので、2つの時に叔父にあたる元小平市の市議会議員で、あのコクリート疑惑で逮捕された藤本雄平に養女として貰われたのですが汚職の前にも何かと問題があった藤本が、ついに逮捕されると、この女の周辺が急に
やばくなりましてね、金が滞ると今までチヤホヤしていた友達も見向きもしなくなって、その上、もともと派手好きに育てられたこの女、少々の貯金では支えられなくなり、それで、新宿の「キャンディー・ドール」という店に勤め出して、そこで杉田と知りあったって事みたいですよ。」と小西は、ひろみに関する書類を一気に読み終え、峰元をちらっと見た。すると峰元は、柱時計を見ながら、「もうこんな時間か、小西君、今日はここまでにしょうな」と言った。柱時計は既に六時を回っていた。