十一月二十一日だった。
  杉田卓は、一緒に来ていた藤本ひろみという女と二人で、熱海にある雄山閣ホテルの
フロントに自室の鍵を預けたまま、突然姿をくらましてしまった。
  不審に思った雄山閣ホテルの結城久雄支配人は、二人が失踪した日から三日目に、
やっと重い腰を上げて警察に届けた。  何故、結城が二人が失踪した日から三日もたってから警察に届けたかという理由は後著する事にして、とりあえず捜査を依頼された
蜂矢署の峰元哲夫刑事は、結城から二人の失踪当時の状況について説明を受けると、少し間を置くように、ハイライトに火を付け、それをゆっくりと吹かしながら・・・・・。
「結城はん、事情はよう判りました。「これは長い間、刑事をやっとるわてのカンなんやけどな、この事件はどうも殺しの匂いがしまんなー。」 峰元は、そう言いながら、
結城をじっとにらみつけた。
「どうしてですか、どうして貴方は殺人事件だと断言できるのですか」と結城は峰元に
尋ねた。多分そう聞いてくるだろうと思っていた峰元は、予想通りの問いかけに少しも
動ぜずにこう答えた。
「な、何でかて  結城はん、それはでんなー、さっきのあんさんの説明やったら二人の
行動に不審な点が多すぎまんなー、例えば二人の持ち物一つにしても、普通では考えられないものが部屋のロッカーから見つかっとる。貯金通帳や、印鑑や運転免許証などの身分証明になる物を忘れたということが、そもそも妙な事やし、それに大体、常識的に言うてちょっと出て行くのに、わざわざ部屋の鍵を預けるやろか?  なぁ小西君」と峰元は
丁度そばにいた後輩の小西孝雄刑事に賛同を求めた。小西は峰元の事を刑事としても勿論だが、人間としても大変尊敬していたので、決して逆らったりしない。
  だから、この時も「峰さんのおっしゃる通りだと思いますよ」と答えた。
こうして警察側は殺人事件だと公言したが、その日の捜査が終わって峰元らが帰った
後で、結城は主だった幹部を集めて協議した。  時計の針はもう既に八時を回っていた。「どうも、あの刑事さん達は頭が堅いなぁ、あの軟弱そうな男が殺人事件など起こせる筈がないだろうになぁ」と結城は呟くように言った。そばにいた幹部たちも口を揃えて
「殺人事件というのは、少しオーバーじゃないかな」と言うのである。
  そこで、結城は腕利きの女・私立探偵に捜査を依頼することにした。無論、サツには内緒である。いつの世も事件の陰に女ありと言うが、まさにその通りである。
  鈴木信子は、雄山閣ホテルのフロントに勤める傍ら実は、バリバリの女・私立探偵で、信子の手に掛かったら、どんな難問や鬼門でも即座に解決してきたというスゴ腕だ。
  だから今度も結城らは、信子に大きな期待を持っていたし、信子も、それなりの自信があった。  「大体ね、こんなところ(フロント)に勤めていると人相で見当が付くものよ言っておくけど、あの男は、フロントで見たかぎりは殺しなんかできるタマじゃないわよ間違えないわよ、きっと二人とも生きてるわ。任せといて二人の行方は、この私が付き止めて見せるわ」とすごい鼻息だ。