快念は、そう言って節庵を光秀の居る部屋に案内し、さらに・・・
「いやぁ、それにしても先生の人心掌握術には拙僧も誠に感服いたしました。御門跡様を
怒ったり叱ったり、なだめたり透かしたりしながら、ついには御門跡様をその気にさせてしまうのですからなぁ。拙僧には、とても真似の出来る事ではありませぬなぁ。」
節庵は、その快念の言葉尻をうまく捕らえて・・
「私は一介の薬師にございますれば、とても人の心を掴むことなど出来ませぬ。すべては
快念様、藤孝様それに遠方の越前・一乗谷から来られている光秀様の御門跡様への思いの強さにございまする。何とかして上洛し御門跡様を将軍職に付けたいと藤孝様も光秀様も
思うているはず、私はほんの少しだけ その手助けをしよよう私うているだけです。」
節庵は、少し謙遜しながら そう言って薬草を煎じるために光秀の居る部屋に入った。
「節庵先生、どうぞ、こちらをどうぞ御自由にお使い下さい。拙僧は、これにてご免。」
快念は小念と共に白湯と道具をおいて部屋を出て行った。
「光秀様この部屋で薬草を煎じても構いまへんか。」
今川の軍師となる前の若い頃、斎藤道三に好われ南蛮から伝来したばかりの鉄砲を 買いに堺に行ったり、京で薬師の真似事をしていた光秀にとっては、節庵の手際の良さには、さすがに驚いていた。
「流石は節庵先生、薬草の煎じ方も若年ながら玄人でございまするなぁ。それがしも若いころ、京で、ほんの少しだけ薬師の真似ごとをしていた事がありまするが、それがしには先生のような事は、とても出来ませぬ。」と光秀は感服した。
「光秀様、道理で私を見る貴殿の目が他の人とは、違うて見えました。でも人には、
それぞれ合うた道があり、あなた様は武士として私は薬師として互いの業ほ全うしよやおまへんか、それが巡り巡って民の幸福になると私は思います。」
薬草を煎じながら、そんな事を言う節庵に光秀は共鳴し、心の中で・・・。
「この先生は若いのに何という事を考えておられるのじゃ、薬師で有りながら、まるで一国の大名の様じゃ、それぞれの立場で民の幸福を考えようと申された。もし節庵先生が薬師ではなく武士であれば、天下を取れたかもしれないなぁ。」
光秀は、節庵の暖かい人柄に触れ、そんな事を思うようになっていた。
「光秀様、さあ薬草を煎じ終わりましたぞ。後は、これを白湯に混ぜて御門跡様に飲ませれば良いのですが・・・・ただ、はじめに言うときますが、この煎じ薬の効き目は、人によって差がごさいますよってなぁ、それに、この薬は一度きりやと思うて下さりませ
後は御門跡様のお心次第にございまする。諺にもごさいましょう病は気からと・・・」
節庵は、光秀を諭すようにそう言った。
「判りました。節庵先生の仰せの通りに今後は薬草に頼ることのなき様に覚慶様にも申し上げますので、どうか此度ばかり覚慶様にその煎じ薬をお与え下さいませぬか。」
光秀は何としても覚慶の心の病と、この大和・一乗院という寺から救い出さねばならないと強く思っていたし、その為には覚慶に一日も早く元気になって欲しいと願っていた。
だから節庵から、この薬草の話を聞いた時またとない話だと光秀は思っていた。
「光秀様ほんなら、この煎じ薬を白湯に混ぜ御門跡様に差し上げましょう。これゅ紙に包み置いときますので日に一度、昼餉の後にでも白湯に混ぜて飲ませて差し上げて下さいませ、十包置いときますから・まぁ後は御門跡様の気持ちと御貴殿の励まし方ですなぁ。る」