覚慶は何かに怯えている子供のように布団の中で震えていた。
「これは何を申されるので、こざいまするか?この私に帰れとは・・・御門跡様あなた様は、そうやって御自分の運命(さだめ)から逃げておられるだけでは、ありませぬか」
 節庵は、普段は温厚な薬師だが余りにも身勝手な覚慶に立腹し 激しい言葉和投げた
「あなた様の運命のために、いや信じて、この寺に残って居られる藤孝様や遠方の越前・一乗谷から来られている光秀様のお気持ちは、どうなるとお思いですか、ただひたすらに
心の病のご本復を願い、あなた様と共に上洛するという夢を抱いているのですぞ。ここは
この節庵に任せてみまへんか。幸い今なら心の病に効く薬草を持参いたしておりますれば
あなた様とお二人には決して悪い話では。あらへんち思いますけどね。」
 節庵は、薬師として今度は一転、覚慶に優しく語りかけた。
「そうでございますとも御門跡様は、いずれは京にお戻りになり室町幕府を再興し、征夷大将軍をお継ぎになる御方にて、この大和・一乗院で埋もれる御方ではありませぬ、
それ故、ここは節庵先生の申される事をよーくお聞きになり、一日も早く心の病とやらをご本復をさせ、ご活躍される事をお祈りいたします。後のことは拙僧にお任せ下さい。」
  覚慶に、そう優しく語りかけのは快念であった。
 無論、これには覚慶に対する快念の思いがあったが同時に一時的にせよ、この一乗院の門跡に座ろうという企みがあった事は、同席していた藤孝だけは知っていた。
「運命(さだめ)のう。確かにワシは夕べ光秀という男に将軍になりたいと言うたが、
果たしてワシのような坊主が天下の将軍になれるかのう。」
 のちに信長によって、その名も足利義昭として朝廷から室町幕府の第十五代の将軍の
宣下を受けることになる男なのだが、この時はまだそう言って覚慶は迷っていた。
「覚慶様それは、あなた様の天命・天運にございます。天運をお信じになされませ。
この藤孝も、光秀殿も覚慶様と共に上洛の夢を見とうございまする。」