光秀は気を取り直し快念に、そう言ったが無論、その為には覚慶の心の病の本復が絶対条件なのである。
それから半時ほど経った頃、大和・一乗院の門前に1台の輿が止まった。
話は、少し横に逸れるが明治維新から現在に至るまでは、西洋の文化や習慣が入ってきたので自然に暦も太陽暦になり。一年は十二ヶ月・三百六十五日と定められているが、 それ以前は旧暦つまり古来、中国の暦で一念は閏月を含めろと十三ヶ月、もっとも一月は二十八日と計算されていたので、三百六十四日とこの時代の人は信じていたに違いない。
それと同様に時間の感覚も今と昔とでは同じ二十四時間でも少し数え方も違。
例えば、昔の一時は今の二時間と考えられ、この時代の人達の大半は十二干支の名前を 従って、この半時というのは、現在の約一時間という事になる。
話を元に戻せば、大和・一乗院の門前に止まった輿に乗っていたのは薬師の串田節庵だ
「節庵先生、お待ちしておりました。さぁこちらでございます、快念様もお待ちです。」
いつもの様に半分、小賢しく快念の命で節庵を出迎えたのは小坊主の小念である。
「これは、これは小念さん出迎えご苦労様それでどうじゃな、御門跡様の病の具合は?}
「はぁ、それが相変わらず誰にも会いとうないと仰せで快念様も困り果てておられまする。」
小念にそう言われて節庵は表情が少しだけ曇った。
「左様でございましたか、この前、私が看た時には別に脈もお顔の色も変わりなく見えたので、大丈夫やと判断し薬草も特には差し上げなかったのじゃが・・・快念様に一度会うて心の病に効く薬草の事も話しておいた方が良いかもしれませぬなぁ。」
大和・一乗院の門前に止まった輿から、ゆっくり降りた節庵は、覚慶を看る前に小念に案内されて、ひとまず快念と光秀の居る部屋に入った。
「快念様いま小念さんにも少し話しましたけど今までは御門跡様にはお身体は健やかだったので、別に私の方からは薬師として薬草は差し上げなかったのですが、今日は私が看て
必要とあらば、心の病に効く薬草を差し上げまする。但し、どの薬草でも、そうじゃが
効き目は人によりて千差万別にございます。ことに心の病は日にち薬というか、時が掛かるんやが、それでも宜しければ薬草を煎じて差し上げます。如何てすかな、快念様」
節庵は、一通り覚慶の抱える病と恐らく効くであろう薬草の事を快念に話した。
「節庵先生、それではまず御門跡様を看て戴けませぬか。その上で薬草を貰えませぬか。」
「ほんなら、そうしますか?ところで快念様、こちらの御方は。どなたかのう。」