光秀は、貫寿寺祥子の時とは多少、言葉のニュアンスを変えて、二人の公家に言った。
「明智殿が、それ程までに言うのなら麻呂も吉田殿も出来得る限りの協力を致しましょう。京の事は心置きなく、安心して大和・一条院に行って覚慶様をお救いください。」
「近衛殿や兼見に理解して貰うて、それがしも心強い限 りじゃ、今夜は、この屋敷に
泊めて貰う事として明日にでも大和に参るとするか、もしかすると室町幕府の幕臣
であり今は消息が不明になっている細川藤孝も覚慶様のお側に、きっと居る筈じゃ。」
 光秀は、親友の細川藤孝の消息を気にしていたし、また藤孝が室町幕府将軍・足利義輝様の側近であつた藤孝が実弟の覚慶様を見限るわけがないと信じていた。
「そうと決まれば、光秀よ今夜は京の旨い酒と料理とで宴じゃ。ワシも近衛殿もお前が
無事に覚慶様をお救いすると信じておるが、何せ大和は朝廷のお膝元というだけでなく、
松永弾正久秀の本拠じゃ、覚慶様を救い出すの容易な事ではなく、おそらく命がけになるであろう。本来ならば水盃にて、お前を送り出すところなれど、 今夜お前がこの屋敷
に泊まって行くと言うてくれた。その事がワシは何よりも嬉しいのじゃ。」
 吉田兼見は、そう言って側近の一人に京の旨い酒と料理を用意させ、光秀をもてなした。
「おお、これは何と旨い酒と料理でござろうか・・・それがしは今でこそ越前の朝倉義景の家臣であるが、最近まで諸国流浪の浪人の時代が長かったので、人にこのような施しを
受けた事が余りなく、それだけに今夜は格別に嬉しい夜でござる。」