浅井家か信長様に仕官したいと思っているのでしょう。」
 木下藤吉郎は、お得意の諄略・話術で光秀の本音を聞き出そうとしていた。
「それがしは主君・朝倉義景の命により、今から大和/・一条院まで行く途中で、
たまたま北近江に立ち寄ったところ、この輿行列が目に飛び込んで来たのでござるよ。
それより貴殿の方こそ、こんな所に居られるとは意外ですなぁ。そりがしは、てっきり
美濃・墨俣城に居られるものとばかり思っておりましたのに・・・」
 普段は生真面目一本の光秀は、余り必要以外は人と話すことはなかったが、前著したように何故か藤吉郎に会うと何でも話してしまうのだ。
「墨俣城の事なら心配ご無用でござるよ。弟の小一郎や、わが軍師となった竹中半兵衞
美濃・川並衆の皆も、それがしが北近江まで、お市様の警護役として参知って、喜んで 留守を守ると約束してくれました。それに、今それがしが北近江に居るのには、お市様のお輿入れの警護の他にも、それがしにしか出来ぬ諄略という仕事をやって来いと信長様に言われたのでござるよ。それで浅井家の家臣の皆様にも一応、意向は確かめたが
信長様が直接、諄略に動かれるのなら、とも角たかが足軽組頭の言う事など鼻にも引っかけては貰えませなんだ。仕方がありませぬから、此度は諄略は控えて柴田様と一緒に
お市様の警護役に徹する所存にございまする。」
 かねてから藤吉郎の諄略術には、舌を巻いている光秀だが流石の藤吉郎も此度は浅井家の家臣団の結束の前に諄略を諦めた様である。
「木下殿が諄略を諦めるなど、珍しいですなぁ、尾張から美濃を攻めるにあたり、斉藤家の軍師・竹中半兵衞様と西美濃の豪族、川並衆を諄略し、また時を置かずに竹中半兵衞様を介して斉藤方の重臣・美濃三人衆を諄略し、斉藤龍興様を孤立させる事に成功した。
そんな貴殿でも此度ばかりは浅井家臣団の結束の前に諄略を諦められたか・・・・。」
 光秀は、そう言ったが藤吉郎は何故か不敵に笑った。
「あははは明智殿、今は駄目でもいずれ浅井家の皆皆様も判ってくださる日も、きっと
来るでしょう。そのためのお市様の此度の輿入れでござるよ。」
 光秀は、藤吉郎が何故、諄略もせず不敵に笑ったのか、今判ったような気がした。
「流石は木下殿、此度は諄略が駄目でもただでは転ばぬなぁ、ワシも早う大和・一条院に参って覚慶様を諄略をせねばなるまい。」
 藤吉郎と柴田勝家に軽く会釈をして光秀は、北近江を去り一路、京へ向かった。
「京へ入ればワシが足利義輝様に拝謁した折より昵懇にしている公家達も多い。
もしや今後の事や、大和・一条院に居られる覚慶様の事も相談出来るかも知れぬ。」
 光秀は、そう思いながら心を弾ませていたが、一方で覚慶とは、どんな人物なのか
判らない事が少し不安でもあった。
「近衛殿や、吉田殿と久々に会えるのは嬉しゅうござるが、それにしても大和・一条院という寺に居られる覚慶様とは、一体どの様な方なのか、そう言えばワシが朝倉家の客分として今は亡き足利義輝様の側近として藤孝とともに京にいた頃、義輝様から、大和・一条院という寺に舎弟の覚慶と申す僧がおる。将軍の弟だと気付かれぬ様に寺に入れておると
聞いた事があるが、ワシはまだお目にかかった事は一度もない。」
. 光秀は、まだ覚慶に面識はなく、前の将軍・足利義輝の弟としか 聞いてはいなかった。
「とにかくワシの親しい公家達がいる京へ向かうとしよう、覚慶様への面会はその後だ。」