後山の東の行場~ブログ初公開? | はるかぜのきみ通信

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 9月1日、雨天に寄り延期になっていた後山の東の行場にマーカーを付けに行ってきました。当日も、雨模様でしたが、9月7日の護摩大祭までにはいかなければならないので、決行となりました。
 寺総代会において、M田さん、私が立候補し、3人目は地域起こし協力隊にお願いして、ルート案内は道に詳しいM田さんにお願いしました。M田さんが、「わしゃ、最後がええ、あんたが隊長で、協力隊が真ん中」と隊列を決められたので、それに従いました。
 歩き始めて30分くらいで、通称「母ごさん」に到着。ここから上のルートは看板にあるとおり「女人禁制」(前のブログでも紹介しましたが、このルートが昔からの修験道なので、慣習として「女人禁制」であり、後山山頂には、隣の舟木山から尾根伝いに登頂することは女性でも可能です)。

 
 私たちの地区「入谷」にある「護摩堂」には「五十丁」と刻んである石の道標が立ててあり、そこから「四十九、四十八、四十七、・・・」と後山中腹の「本堂」に近付いていき、それが、「本道」です。
 今回の任務は、「本道」の「十三丁」で「本道」から逸れて、東の尾根や谷を迂回して「本道」までに至る「東の行場」に道しるべとなるマーカー(木の枝等にピンクのテープ)を結びつけることです。 
 「十三丁」から望む下の景色。
 こちらは、上の景色。雨模様だけあって、水量が多かったです。
 
 途中の休憩場所。協力隊員が垂直以上にせり出した岩をみあげています。ルートは、この岩を右にまいて登りました。
 
 M田さん曰く、「この岩をみてみ~」
 
 相当な年数の檜の根っこが岩に巻き付いています。雪や雨が多くないとこんな根上がりにはなりません。
 
 これは、もう、屋久島を彷彿させます。
 
 岩の下にすき間があり、雨をしのぐことができそうでした。曰く「でっかい蝙蝠がいる」そうです。
 
 午前7時に出発して、午後1時過ぎに「本堂」に到着。昔の人は、重機もないのに、よくもまあ、この石垣を積んだものだと、いつも思います。
 
 途中で、協力隊が見つけた「天然マイタケ」。きのこに詳しい野間さんに「鑑定」していただいて、「間違いない」と認定されたので、「かおもしろいねえさん」からいただいた石鎚山みやげの釜揚げうどんの天ぷらとしていただきました。香りがよかったです。
 
 この日は、午後3時すぎに自宅にもどり、シバオのモチを刈り取る予定でしたが、田んぼの状態が思わしくなくて翌日に延期しました。コンバインを貸してくださる親戚のおじさんが、私がいない自宅に電話をかけてこられ、「今日の午後に稲刈りと聞いていたが、コンバインがまだある。今日がチャンスなので稲刈りをやりなさい」と伝言がありました。数日後に台風がやってきそうなので、明日9月2日には稲刈りを実施します。