再投稿です。

平成一桁頃の和歌山銀行(和銀)卓球部の想い出を語ろう!


と言っても、私は実は部員でも行員でもありません。


このブログの趣旨は、当時卓球部のみなさんにお世話になりいっぱい一緒に遊びまわった想い出を語るとともに、和歌山に行く計画を立てるにあたり、もし連絡がつく方がいればお会いしたいと思っています。

このブログを見て、心当たりのある方は、コメントなりメールなりいただきたいと思います。
前回の続き。

和歌山市から白浜の方まで行くのに、R42でめっちゃ時間がかかって遠かったという話。

ここからが本題。

途中で山が妙に黄色いので目を凝らしたら、それはみかん畑で小さいけど黄色のみかんがたくさんなってて、遠目に見たら木が全体的に黄色く染まって見えた。

有田みかんとかってすごく有名な和歌山の名産だよね。


あとは、梅干し。


何件かの梅干し専門店が軒を連ねてるところがあって、試しに入ってみた。なんか格式高い感じで入りづらかったけど、思い切って入ってみたところ、色々な梅干しがたくさん。梅干しってこんなに種類があるのかとビックリしました。

試食もあったけど、1粒1000円近いのもあって、流石にそれは試食はなかったかな?

でも1粒数百円のを試食させてもらったが、味の違いはよくわからなかった。

確か、何百年物の梅干しもあって、1粒数万円とかだった。

でも酸っぱすぎて食べても美味しくないらしい。そんなこんなで、R42沿いで和歌山の名産がたくさんみつかる旅でした。
ある時、せっかく和歌山市に住んでるので、白浜の方まで行ってみようかと思い立って出掛けていったことがある。

一言で言えば、遠かった。今では阪和道が田辺まで通っているからさっと行けちゃうのかもしれないが、当時は阪和道は和歌山市まで。その先はR42をひたすら走らないといけなかった。距離的にも阪和道みたいにショートカットして無いので有田のあたりは海沿いを大きく迂回する感じでかなり時間がかかった覚えがある。

でも、海沿いをずっと走るので、和歌山の綺麗な海岸線を見ながら走れる事と、あの頃の阪和道は大阪から和歌山市までだけでも料金がめっちゃ高かった。そのお金がかからないのはいいかも。でも今、田辺まで行くのに阪和道通ったらいくらかかるんやろ。

今、岸和田から和歌山市までで、通常料金で¥1100。和歌山市から田辺までが¥2050。岸和田から田辺だと¥3050。やっぱり高い。

でも今は、ETC割引ってのがある。それだと、岸和田から和歌山市で¥550。和歌山市から田辺で¥1050。岸和田から田辺で¥1550。これならいいかも。

長くなったので、つづく



20年以上前には和歌山市内には、26号線のバイパスしか無かったが、今は色々造られて便利になったね。

当時のバイパスには商業施設はほとんど無く、餃子の王将に行くくらいしか用は無かった。今は他のバイパス沿いにも色々な商業施設が立ってるみたいで羨ましい。

きっとオールナイトで遊べる施設も充実してるんだろうな。
一度だけ卓球部のみんなとみさき公園に行こうとした覚えがある。

確か土曜のオールナイトインターボウルの後にJR和歌山駅の近くのロイホで朝方までだべって、これからどこ行くかってことで、向かったのがみさき公園。

でも着いたら休園で、仕方ないから帰ってきた。結局和歌山住んでるうちに行くことはなかった。今でもやってるのかな?


みさき公園といえば、会社の先輩のKさんのお墓がある。できれば近々お参りに行きたいと思ってるけど、お墓を見つけることが出来るかな?

わざわざご家族に連絡を取るのもどうかと思うし、何より連絡先がわからない。何とか自力で調べる方法は無いかな?


Googleマップで見たところ、ウインドービルと言う名前になっていて、どうやらオフィスビルみたい。空きオフィスとしてテナント募集の情報もあったので、もう銀行関連としては使われていないみたい。

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でも、隣には体育館だった建物が写っているけど、体育館はそのまま体育館なんだろうか?

向かい側のパチンコ屋さんはスーパーになってるね。

勤めてた頃にそうだったらすっごく便利だったのにな。残念!

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前回はS君の結婚のことを書いたけど、卓球部ではその後も結婚ラッシュだったと聞いている。

Tさんがあの頃付き合ってた彼女じゃなく、あの彼女と電撃結婚したらしいとか、あの彼女が卓球部の先輩と結婚したとか、卓球部以外にもうちの後輩があの彼女と結婚したとか。

でも、誰からも結婚式に呼ばれなかった。(涙)

そんだけ人望無かったって事だよね。


それにしても、Yさんはどうしてる?噂が聞こえてこないよ。まだ和歌山で頑張ってるのかな?和歌山で結婚してるのかな?それとも故郷の熊本に帰ってくまモンになっちゃったのかな?


またまたつづきですが、インターボウルには本当に毎週必ず行ってたけど、スコアの方は全然変わらなかった。

少しはレベルアップしなきゃ変だよね。


それにしても、卓球部のS君は凄かった。常時200点を超えるのもすごいんだけど、ストレート系のパワーボウリングで、いつかピンを割っちゃうんじゃないかとヒヤヒヤするほど。

イケメンだったしね。

そういえば、和歌山を離れた後にこの夜遊びメンバーの中のあの彼女と結婚したって風の便りに聞きました。

おめでとうございます。結婚式に呼んで欲しかったな。


前回書いたように、卓球部のみんなは平日は遅くまで体育館で練習で大忙し。じゃあ、いつ遊ぶの?

と言われれば、土日しかない。しかも、土曜日は昼間は確か練習があったと思う。なので、遊ぶのはもっぱら土曜の夜から。

20年以上前の当時、土曜日にオールナイトで遊べるところは和歌山市内にはほとんど無かった。


唯一、インターボウルだけだったので、毎週通ったな(笑)

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ほとんどボーリングばかりやってたけど、2時間待ちとか3時間待ちだと、卓球コーナーで真剣にラケット振ってた(爆)

よっぽど好きなんだと‥‥


その頃流行りだしたUFOキャッチャーもよくやったね。


一時は車の中にぬいぐるみだらけだったこともあったっけ。

懐かしいけど、もうあの頃のように毎週毎週オールナイトでは遊べやん。


卓球部のみんなは平日は朝から普通に働き、夕方から梶取の体育館でハードな練習。大変だと思うな。だって、それも仕事のうちだもんね。

でも、もっと大変だと感じたのは、強化のために中国人選手を所属させていて、男女一人ずついたかな。

その二人は、日本語もほとんど話せないので、午前中はオフィスにいるけどずっと席に座っているだけ。一応仕事中だから好き勝手に本を読んだりも出来ず、ずーーーーーっと真正面を見据えて黙って座ってたっけ。

二人のデスクも微妙に離れていて、二人で話すことも出来ない感じだった。請われてとはいえ、海を渡ってきて言葉も解らない中で寂しかったと思う。

そりゃ、周りの人達はものすごく優しく接してたし、自分も生まれ育った場所から遠く離れた地で一人暮らしを始めた所だったので、気持ちも解るし二人と仲良くなりたかったけど、如何せん言葉が通じないので、にっこり笑って挨拶するしかできなかった。

でも、嬉しかったのは、挨拶した時の反応が最初はぎこちなかったのが、段々と笑顔が増えてきて、そのうち向こうから笑顔で挨拶してくれるようになった事。

特に男の人の方が時間がかかったかな。確か袁さん?だったかな?

人見知りなのか、こっちのことが嫌いだったのかわからないけど。でも、袁さんに、ニコッてしてもらった時は嬉しかった。

女性の方は王さん?李さん?思い出せない。


あとは、一度だけソウルオリンピックに出場した宮崎選手と体育館の隣の定食屋さんでお会いして、同じテーブルで食事して、握手してもらった記憶がある。

そんなこんなの中で、卓球部のみなさんはよく遊んでくれたなぁ。

つづく