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戦後の日本は、『魂のない日本人』をつくってしまった。かつて、『美しい日本人』といわれた日本民族の誇りと気概を取り戻したい。日本の歴史には『夢と感動』がある。生きる力はその感動から生まれる。
日本よ、蘇れ。そして、明日の世界文明の座標軸たれ。日本民族の勇気と熱誠、歴史の連続性、文化の奥深い独創性を発信せよ。
『古事記・日本書紀』『万葉集』には、古代日本人の生活規範や道徳意識を読み取ることができる。その心とは、透明で私心のない『清き明き心』といってよい。この『清明心』は、日本人が伝統文化の中で大切に育んできた「まこと」や「まごころ」の淵源でもあった。古来日本人は、豊かな自然の中で「自然への畏敬と自然との共生」の精神生活を築いてきた。万物に「いのち」が宿っていることを感得していた。
因襲と伝統は違う。伝統は、因襲や古い形骸を打ち破る。伝統は、人間の生命力と可能性を発揮させる。また、伝統とは創造であり、現代に生きるエネルギーでもある。五箇条のご誓文にある「・・・過去のあやまった風習や弊害をやめ、・・・新しい智恵や知識を世界中に求め、・・・・」である。革新であり、挑戦であり、アバンギャルドである。
伝統の淵源は、「古事記・日本書紀」にある。民族のコア・パーソナリティー(核心性格)は10万年変わらない(文化人類学者の石田英一郎氏の説)。民族のDNAに刻み込まれている。音楽も絵画も、民族的な音であり、絵であり、大地の感覚を持つ。グランディングである。万象は「大地という子宮」から生まれ、そこに還る。万人・万物・万象はワンネス(一つ)である。
日本民族の心は、10万年単位の「美と徳と祈り」を有している。 詩人ヴィクトル・ユーゴーはシャルル・ボードレールの詩集「悪の華」を、次のように絶賛した。《君は新しい戦慄を創造した》と。「新しい戦慄」を覚えたとき、人間は真に目覚める。世の中が困難になってくると、まことの精神が回復され、真のいのちが生まれてくる。今日の日本はまさしくかかる時代に直面している。イタリアのルネサンスが遥か古代ギリシャにその改革の源流を求めたように、明治維新は建国のルーツである神武天皇の創業に学んだ。激動の国際政治環境の中、本当の正しい皇国の血統と古典・道統というものが、真の決意となって、我が心魂に鳴り響く。遠い祖国日本の祈願のすがたそのままに、我らの民族の血に、歴史の回想となってよみがえる。
「みたみわれ生けるしるしあり」とは、日本の国柄に目覚めた歓喜である。いのちが振るい起こる「国振り」である。民族の果てしないカオスの慟哭である。 民族の心のしらべは、国のいのちをひらく。
「古事記・日本書紀」にある和歌や「万葉集」は、万世にわたる国民詩として、つねに国と民族への決意を更新(アップデート)する本源の詩情となっている。また、民族創生のメンテナンスであり、民族精神のアーカイブ(保管庫)でもある。神話は民族発展の源泉なり。「大日本国叙事詩」の創生である。 古人は、露のいのちを不朽の価値に換えんとする覚悟で生きてきた。匹夫我、責あり。日本の危機なり!!! |
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