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明治天皇は、日露戦争勃発の時、《しきしまの大和心のををしさは ことある時ぞあらわれにける》と詠われた。また、昭和天皇は、敗戦後の混乱時に《ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ 松ぞををしき人もかくあれ》と歌会始で詠わた。 では、《ことある時にあらわれる【大和心】》や《ふりつもるみ雪に耐へて色変えぬ人物》が日本の歴史上、何処に顕現されているか。また、その顕現の源泉・根源は何処にあるかについて述べる。
●ことある時にあらわれる【大和心】は、何処に顕現されているか ・楠木正成は、湊川で死ぬとき「七生報国」と言った。七回生まれ変わって、日本に殉じる。その正成の墓に参って泣いた吉田松陰は「たとえ武蔵野の野辺に朽ちぬとも 留めておかまし大和魂」と詠んだ。
・ノモンハンの戦いは、1個師団2万人の日本軍が、23万人のソビエト軍を滅多打ちにしている。空中戦では、撃墜されたソビエト機は1673機、日本軍機は173機、破壊されたソビエト軍戦車は800台、日本軍戦車は29台。死傷者もソ連軍が圧倒的に多い。(歴史の教科書は嘘を書いている。司馬遼太郎はノモンハンが書けなかった。なぜか。日本が勝ってはいけないから。氏は、政治的にはソ連・中国共産党の傀儡、又はスパイ・工作員。あるいは、大衆迎合・オポチュニスト。氏の偽善と欺瞞は、後世の歴史家が証明してくれる。
海軍中将・醍醐忠重は死の直前、次のことを書き残した。 『何卒、日本再建の各自の使命に全力を注がれたし、私も霊界より何遍も生まれ変わり、日本再建に全力を注ぐつもりです。私の部下の戦死者の遺族たちのことも心に留められたし・・・』⇒氏は、宇宙の根本生命に帰一しており、国への奉仕を介して、「見神」となった。 私の理想の生き方である。
・昭和16年12月、帝国海軍軍令部総長・永野修身は、「・・・戦わずして国滅びた場合は、魂まで失った亡国である。しかして、最後の一人まで戦うことによってのみ、死中に活路を見出しうる。戦ってよしんば勝たずとも護国に徹した日本精神さえ残れば、我らの子孫は再三再起するであろう」と言った。⇒今は仮寝。日本の再起はこれから。いよいよ、日本の出番!
・昭和20年5月、海軍中尉西田高光は、特攻出撃直前に記者の山岡荘八に言った。「・・・お分かりでしょう。我々の命は、講和の条件にも、その後の日本人の運命にもつながっていますよ。・・そう民族の誇りに。」
●その顕現の源泉・根源は何処にあるか⇒不尽の源泉、普遍的・原初的。天の岩戸開き。
日本は決して滅亡しない。日本人は万世一系の天皇と共にある。その時「永遠の生命と大義」を感得する。それは、日本民族の世界的使命に通じる。民族の使命は、「古事記・日本書紀」にある。
万物の「修理固成」「八紘一宇」の思想⇒神の「むすび」「なほび」の働きをいただいて、万物の修理固成に努め励み、この地上に「高天原」を実現していく。世界を一家に『修理固成』していくための結び手となり、結び目となっていく。世界平和、人類大和の日本民族の永遠の生き方である。★森信三氏の言やよし。 『我々の生命は、絶大なる宇宙生命の極微の一分身といってよい。宇宙意志によって課せられたこの地上的使命を果たすところに、人生の意義がある』 御意!その使命は、真に己が全生命を賭けなければ、果たすことができない。念々死を覚悟してはじめて真の生となる。日本と共に無限の前進に生きんかな! |
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