のびのびと海外生活を楽しみながら
しっかり実力を伸ばしたい小中学生と
オンラインで国語の授業をしています、
のびのび進学塾じょんじょんです。
海外在住児向けに開発した
独自のカリキュラムの超少人数塾コースと
宿題からカリキュラムまですべて
その子の個性や実力、目標を加味した
家庭教師コースとがあります。
「海外でも、本質的な国語力が伸ばせる」
「子どものやる気が引き出された」
とのお声をいただいています。
こちらからお問合せページにとべます。

アメリカ生活も3年目に入りました。
新学期からは、
長女は小学3年生に、
次女はPre-K(年中)の年になります。
アメリカという国を愛していますが、
こと幼児教育・初等教育においては、
「日本の教育が素晴らしい。」と
最近よく思うようになりました。
今日は、
「日本の教育のココが、世界に誇れる!」と
私が思う点を3点お話ししたいと思います。
1 実際に手を動かすことを重視しているところ
静岡に住んでいていたときは、
長女が保育園に通っていました。
初夏になると泥遊びを、夏になると
プール遊びを毎日させてくれました。
1年中、砂場は使い放題、
1日1回は必ず外遊びがあり、
季節に合った工作をする時間がありました。
また、小学校では、1週間に、
音楽と図工の授業が1.5時間ずつ、
体育は3時間あり、1日に1時間は
必ず技能教科がありました。
このように、実際に手足を動かすことで
学ぶのは、幼児期・児童期においては、
とても大切なことです。
日本の音楽では、鍵盤ハーモニカや
リコーダー、ピアノ、木琴、鉄琴、太鼓...
など、さまざまな楽器に触れることができます。
また、体育では、それぞれの発達段階に合った
動きやルールで、さまざまな運動をすることができます。
一方、今、長女の通う小学校では、
音楽と体育の授業はありますが、
そこでの学習内容は、担当の先生に一任されています。
例えば、体育で言えば、
「こういう動きができるようになるといいね」
という目標は、国として示されているわけではありません。
アメリカには、日本の学習指導要領に似ている
Common Core State Standard(CCSS)という
「いついつまでにこういう力がつくといいね」
という基準はありますが、それを採用している州ばかりではありません。
ちなみに、私たちの住むネブラスカ州は、
CCSSを採用せず、ネブラスカ独自の判断基準を
使っているそうです。
ただ、CCSSであろうが、独自の判断基準であろうが、
日本の学校とは違って、教育省が出しているカリキュラムなどはなく、
それぞれの先生に一任されているというのが現状のようです。
ですから、その先生によって、授業の仕方だけでなく、
教える内容まで違ってきます。
日本の幼児教育・初等教育では、国が、
子どもに付けさせたい力を明確に示し、
それを達成するためのカリキュラムが組まれています。
そのため、先生ご自身の得意・不得意、好き・嫌いに関わらず、
さまざまなモノに触れたり、
さまざまなことを経験したりすることが、
割とどこの園・学校でも可能です。
それって、尊いことだなぁと改めて感じる今日この頃です。
2 特別活動を通じた全人教育
昔、図書委員会の子は、
本の貸し出しをしていませんでしたか?
あと、月に1回くらい、クラブ活動として、
4〜6年生の子が集まって一緒に
スポーツをしたり料理をしたり絵を描いたりなどしませんでしたか?
さらに、「学級会」という場で、
クラスのことについて話し合ったりしませんでしたか?
これらは、「教科」ではありませんが、
「特別活動」と呼ばれています。
委員会活動、クラブ活動、学級活動、
学校行事、毎日の掃除...
これらはすべて、「特別活動(特活)」です。
長女の学校では、年長の児童が、
登下校時の横断歩道の見守りや
小さい子のクラスへ手伝いに
行ったりすることがありますが、
それ以外は、「誰かのために働く」
という経験はさせてもらえません。
図書室の本の貸し出しは、
図書館司書の先生がやってくれます。
学校の掃除は、清掃員の方がやってくれます。
運動会などの行事の司会は、
担当の先生がやってくれます。
さまざまな行事の企画・運営も、
担当の先生のお仕事です。
子どもが、
「他の子どもたちのために考え、働く」
という活動は、日本ならではだと感じています。
教師の視点で見ると、
子どもにこういったことを経験させるのは、
子どものモチベーションを上げる声掛けから始まり、
他の先生への根回し、子どもだけでできるようにするための準備...
と、かなーり面倒くさいです(笑
たった1時間のイベントをするのに、
子どもと一緒に準備をするのは4時間、
子どもに主体的に準備・企画・運営させるための、
私の準備は6時間など、
かなーーーり時間をとります(笑
けれど、子どもも大人も、私たちは、
実際に自分でやってみて成功や失敗をする中で
「次はこうした方がいい」とより良い方法を学んだり
「次もやってみたい!」「喜んでもらえて嬉しい。」
と未来へのモチベーションを得たりします。
だから、日本の学校では、わざわざ、
学習指導要領にも「特別活動」のことが
きちんと明記され、それを大事にしています。
私自身も、準備は面倒くさかったですが、
そこで子どもたちが得られるものと天秤に掛けると...
そりゃあ、やらせるしかないっしょ!という感じでした。
もちろん、その特別活動が
「やらされている」ものになってはいけないから
いかに子どもの気持ちをのせるかは、
かなり気を配りました。
ともあれ、今、その特別活動、
Tokkatsu(特活)という名前で、
エジプト、インドネシア、モンゴルにも
広がってきています。
今年のアカデミー賞では、山崎エマさんの
「小学校〜それは小さな社会〜(Instruments of a Beating Heart)」がノミネートされ、
日本の小学校がもつ独自の文化や
人と人との深い関わり合いに注目が集まりましたね。
特にアメリカでは、
「『個人主義』や『多様性』の名の下に、
傍若無人な振る舞いをする人が増えてしまった。」
と感じている人が多い中で、日本式の特活は、
そうした方たちの心に響くのではないかと
私は考えています。
3 どの子もリーダーシップを取る機会をもらえるところ
これも、先の特活の話とかぶりますが
日本では割とどの小学校でも、高学年になると、
登下校班の班長や副班長の役目が回ってきたり、
縦割り清掃のリーダーや副リーダーを
することになったり、委員会活動として、
学校のために働かされたりします。
これらの活動は、年が来ると、
有無を言わさずやらさせるものですが、
私は、こういった機会はとても大切だなぁと思います。
長女の子育てで「失敗したな。軌道修正したいな。」
と思っていることが、一つだけあります。
それは、彼女の意思を尊重しすぎて、
彼女がさまざまなことを経験してみる機会に
放り込まなかったことです。
我が家では、赤ちゃんも子どもも大人も、
「一人の人格をもった人間」として接しています。
他の大人に言わない・しないようなことは、
子どもにも言わない・しないようにしてきました。
だから、私は、長女の子育てにおいては、
彼女の選択を大切にしてきました。
ただ、彼女は、慎重な性格で、
新しいことに後先考えずに飛び込んでみる
ということはしないタイプです。
そのため、「○○、やってみる?」と尋ねるも
「いや、いい。」という回答が多く、
結果として、あまり多くを経験してこなかった。
その限られた経験の中で、物事を見ているため
広がりに欠けている、そんな風にこちらが
感じてしまうときもあります。
もちろん、今までの子育ての軌跡の中で、
自分なりのベストを、私も子どもも
尽くしてきたわけですが、
経験が浅く、考え方に広がりの少ない幼少期だからこそ、
大人がもっと背中を押しても良かったんじゃなかろうかと、
最近ふと思うようになったんです。
そう考えると、日本の小学校の、
「年齢が来ると有無を言わさず、
学校のために働く経験をさせる」というのは、
初めのうちこそ、嫌がる子どももいますが、
嫌がりながらも、面倒くさいと思いながらも、
やってみて、誰かに感謝される経験をすることで、
初めて、抱ける感情や見える景色、
もてる夢もあるんじゃないかなぁと思っています。
以上の3点、
1 実際に手を動かす機会が多い
2 特別活動を通した人格を育てる教育
3 どの子もリーダー経験ができること
が、日本の幼児教育や初等教育の素晴らしいところで、
世界に誇れるところ、「なんなら輸出したい!」と私が思うところでした。
Happy Wednesday~~!!!
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