「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」 -24ページ目

「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

潜在意識の働きで、あなたは「スーパーなあなた」になるのです。そのための素材・方法も実はあなたの手元にすでに多くあります。ここでは、あなたがそれを見出し、活用するお手伝いをいたします。胎児(あなた)は、胎児(あなた)の夢により進化します。

懐中温泉です、

 

歴史シミュレーションその21

 

 

第十二話 北陸に「国」を立てる

 

九頭竜川の戦いが終わったあと、越前の

空にも、ようやく晴れ間が見え始めて

いました。

 


ぬかるんでいた地面は少しずつ乾き、

倒れた槍や旗は片づけられ、代わりに

仮の柵や掘立小屋が並び始めています。

 

上杉謙信は、その一つの丘の上から、

越前北部の平野を見下ろしていた。

 

「ここを、ただの“勝ち残った戦場”で

終わらせるわけにはいかぬな」

 

呟きは、風に溶けるように小さかった。

 

九頭竜川で織田を押し返したのは事実

である。

 


だが、それはまだ「一度押した」に過ぎぬ。


ここ越前を足場として固めねば、上杉の

北陸支配は砂の城のように崩れ去る

ことになる。

 

一揆と「義」の線引き

 

丘のふもとには、一向一揆の旗がいくつも

翻っていた。

 


念仏旗の下に集う人々は、粗末な鎧と槍を

持ち、中には鉄砲を抱えた者もいる。

 

謙信は、彼らの代表を陣に招いた。

 

「越前・加賀の一揆衆、努めて織田に抗して

きたこと、その志、理解しておる」

 

僧形の男が、慎重な目つきで謙信を見た。

 

「我らは、信長の焼き討ちと年貢の重さに

耐えかね、立ち上がったのみ。

 


上杉殿が義を掲げて北陸へおいでになった

ゆえ、こうして刃を並べることと相成った」

 

謙信は頷いた。

 

「では問う。


 そなたらの目的は、『信長を討つこと』か、
 

それとも、『この地に仏法と暮らしを保つこと』か」

 

僧は、わずかに眉を動かした。

 

「……信長を討てば、暮らしは良くなる。
 

そう信じて戦ってきたが」

 

「信長が退いたあとの地を、
 

誰がどう治めるかを考えておらぬなら、
 

それは半分の戦でしかない」

 

謙信の声は厳しくも、冷たくはなかった。

 

「我らは、足利将軍家のもと、
 

仏法・正法を中心とした秩序を立て直さん

としておる。

 


そのためには、ただ『織田を憎む』だけでは

足りぬ。

 

 村を焼けば、仏も住まず。
 

田を荒らせば、施しを受ける民もおらぬ」

 

幾人かの一揆側の者が、互いに視線を

交わした。

 

「では、上杉殿は、我らに『刃を収めよ』と

申されるか」

 

「刃を収めよ、とは言わぬ。
 ただし、

『刃を向ける先』を選べと言う」

 

謙信は、越前の地図を広げた。

 

「ここに、織田と結んだままの城がある。
 

ここには、農民を苛む土豪がいる。

 

 こうしたところには、一揆の刃を向けてもよい。


 しかし、すでに上杉に帰順した城、
 

年貢と役を改めようとしている村には、
 

刃を向けてはならぬ」

 

僧は、地図を覗き込んだ。

「上杉殿は、一揆を『兵』として使うおつもりか」

 

「兵として使う。
 

だが同時に、『この地の秩序を共に作る者』と

して扱うつもりでもある」

 

謙信は、一揆側の男たちを見渡した。

 

「織田に焼かれた恨みを、
 

 

ただ焼き返しで晴らすのでは、
 

何も変わらぬ。

 

 上杉の旗の下で戦うからには、
 

『この地を、織田の前より良くする』

という約束を、そなたらにも背負ってもらう」

 

一揆の代表たちは、しばし沈黙した。

 

やがて、僧が深く頭を下げる。

 

「承知致した。


 越前・加賀の一揆勢、
 上杉殿の『義』に従い、
 

刃の向け先と、刃を収めるべきところを、
 

ここにて心得申す」

 

こうして、北陸における「一揆と上杉の約束」は

結ばれた。

 


それは、ただの軍事同盟ではない。


「どこまでが義で、どこからが乱暴か」を線引き

する、最初の取り決めでもあった。

 

越中・能登・加賀の「公権力」

 

越前の次に、謙信が目を向けたのは、既に

上杉の色に染まりつつある能登・越中・加賀で

あった。

 

「越中・能登は、すでに分国としての体を成しつつ

ある」

 

側近の一人が報告する。

 

「在地の土豪を『奉行』として立て、
 

城下に楽市を許し、
 年貢と軍役の

基準を定め、
私闘を禁じる

 

 これらの政を、越後・上野・能登で

行ってきた通り、
 越中にも徐々に広げております」

 

謙信は、頷いた。

 

「分国支配とは、


 『誰が何をどこまで勝手にしてよいか』を決める

ことでもある。

 

 越後と同じやり方を、
 そのまま能登・越中に

当てはめることはできぬが、少なくとも、年貢と

軍役と私闘の線は、
どの国でも同じにせねばならぬ」

 

 

ご精読ありがとうございました。

 

懐中温泉