「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」 -22ページ目

「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

潜在意識の働きで、あなたは「スーパーなあなた」になるのです。そのための素材・方法も実はあなたの手元にすでに多くあります。ここでは、あなたがそれを見出し、活用するお手伝いをいたします。胎児(あなた)は、胎児(あなた)の夢により進化します。

懐中温泉です、

 

歴史シミュレーションその22

 

 

加賀はまだ、完全な分国とは言えなかった。


一揆の力が強く、土豪と寺と村の関係が

複雑に絡み合っている。

 

「加賀は、『一揆の国』と呼ばれて久しい」

 

別の家臣が言う。

 

「ここでは、土豪も、農民も、寺も、皆が集団

として動き、 

『誰が上に立つか』が曖昧なまま、


信長の前に立ちはだかってきました。

 

上杉殿が加賀を『分国』としたく思し召すなら、


この『集団の力』を、どこまで『公権力』へと

整えるかが鍵となりましょう」

 

謙信は少し考え、静かに答えた。

 

「加賀においては、
 

城ごとに上杉の『代官』を置くことはせぬ。

 

 代わりに、一揆側から『年寄り』を選ばせ、
 

その者に対して『上杉からの公的な任』を

与える。

 

 加賀の者には、
 『自らの代表を通じて

上杉と結ばれている』

という形を示すほうがよい」

 

越後では、上杉が直接土豪を押さえた。


能登・越中では、土豪と在地寺社の勢力を

整理して「公権力」を作った。

 


加賀では、一揆の中から代表を選ばせることで、


「民の側から立ち上がる公権力」を形に

しようとしている。

 

「北陸三国は、
 それぞれ違うやり方で

『上杉の国』になりつつある。

 

 大事なのは、どこでも『上杉の名で戦と税が決まる』

ということだ」

 

謙信の言葉に、家臣たちは深く頭を下げた。

 

関東との道を太くする

 

北陸の地図の横には、もう一枚、関東の地図が

広げられていた。

 

沼田
厩橋
鉢形
松山

 

四つの城を結ぶ線が、太く引かれている。

 

「越前から京へ向かう道と同じくらい、
 

越後から関東へ向かう道も、
 

今の上杉には重要である」

 

謙信は、地図上の線をなぞりながら言った。

 

「北陸ばかりを見ておれば、
 

関東が揺らいだときに支えを失う。

 

 関東ばかりを見ておれば、
 

北陸で築いた勝ち目を逃す。

 

 ゆえに、北陸と関東の間に、
 

“太い道”を作らねばならぬ」

 

四城連絡ライン―
沼田から厩橋へ、
厩

橋から鉢形へ、
鉢形から松山へ。

 

そこに、城郭と城下と街道と関所が置かれ、


上杉からの命が迅速に伝わる体制が

整いつつある。

 

「越前・加賀と関東を結ぶには、
 

一度越後に兵を集め、
 

そこから三国峠を越えて沼田へ出ることになる。

 

 この道を、ただの山道ではなく、
 

『上杉の覇道』として整えねばならぬ」

 

謙信は、山越えの線を強くなぞった。

 

「道の途中に宿場を置き、
 

兵糧の蔵を置き、
 

関所には無用な課役を課さぬ。

 

 兵だけでなく、

商人や情報も行き来できる

道にしておく。

 

 そうしておけば、
 

北陸で戦うときも、関東で戦うときも、
 

『もう一方の地』から兵と米が届く」

 

越後・北陸・関東。

 

三つの地をただ「上杉領」とだけ呼ぶ

のではなく、その間を行き来する「道」を

意識して整えること。

 

それが、「百戦百勝の武将」から「天下を

構える大名」へと変わりつつある謙信の、


新しい戦い方であった。

 

春日山から見る「北陸の国」

越前での一揆との約定を終え、


謙信はいったん越後・春日山へ戻った。

 

城の高みから見下ろす越後の山々は、


まだ雪の白を少し残している。

 

「越後は、我が本国。
 

ここから関東と北陸を見渡す目を、

決して曇らせてはならぬ」

 

謙信は、一人そう呟いた。

 

手取川で一度勝ち、九頭竜川で再び押し返し、


北陸に「勝ち戦の跡」を残した。

 

しかし今、謙信の目には、勝ち負けでは

なく「国のかたち」が映っている。

 

越後を芯とし、能登・越中・加賀・越前を

北陸の帯として巻き、関東を東の翼として

広げる。

 

その全体に、「上杉の公権力」と「義の旗」を

行き渡らせること。

 

それは、かつて川中島で武田と刃を交えて

いた頃の謙信には、持ち得なかった視野で

あった。

 

「九頭竜川後の戦は、
 

ただ信長と刃を交えるばかりではない。

 

 信長が畿内と東海を固めるのなら、
 

我は北陸と関東を『国』として固める。

 

 そのうえで、
 

どこかでまた刃を交えることになる」

 

春日山の風はまだ冷たい。

 


しかし、その風の中に、
北陸の湿り気と、

関東の乾いた空気とが、
かすかに混じり

始めているように、
謙信には思われた。

 

 

ご精読ありがとうございました。

 

懐中温泉