ニューコメン機関の蒸気 | 「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

潜在意識の働きで、あなたは「スーパーなあなた」になるのです。そのための素材・方法も実はあなたの手元にすでに多くあります。ここでは、あなたがそれを見出し、活用するお手伝いをいたします。胎児(あなた)は、胎児(あなた)の夢により進化します。

懐中温泉です、

 

蒸気機関物語―それぞれの幸福―8

 

 

人は、空気のなかに生きている。

 

空気は透明で、軽そうに見える。

 

しかし空気には重さがある。

 

目には見えない空が、いつも人の肩

にも、湯船の湯面にも、屋根にも、

地面にも、静かに押しかかっている。

 

普段は、どちらの側からも同じように

押されるので、人はその重さを

感じない。

 

けれど機械の筒の片側だけを空に

近い状態にすると、外の空気が

力を見せる。

 

結は、源泉のそばの湯気を見上げ

ました。

 

湯気は自由に立ちのぼり、木の葉の

間へ流れ、夕方の空に溶けて

いきます。

 

ニューコメンの機関のなかでは、

蒸気は自由ではありません。

 

筒へ入れられ、冷やされ、水へ

戻される。

 

その消失のような変化によって、

空気の力が呼び出される。

 

そして、坑道の水が動く。

 

結はそこに、少し複雑な気持ちを

抱きました。

 

温泉では、湯気が立つのを見て、

人は「きれいだ」と言う。

 

坑道では、蒸気が消えるのを見て、

人は「動いた」と言う。

 

一方は、休むための湯気。

 

もう一方は、働くための蒸気。

 

けれど、どちらも水が熱を受けて

姿を変えたものです。

 

結はノートの余白に、小さな矢印を

描きました。

 

水 → 蒸気 → 水

 

地下の水 → 地上へ

 

人の問い → 機械の動き

 

そして、その下に書きました。

 

力とは、強いものだけが持つものでは

ない。

 


見えない空気にも、消えた蒸気にも、

低い所へ流れたがる水にも、力はある。

 


人はそれを見つけ、つなぎ、使う。

 


けれど、使うことは、いつも誰かの暮らしを

変える。

 

宿へ戻る途中、結は浴場の前を通りました。

 

暖簾のすき間から、湯気が流れ出して

いました。

 

中では、誰かが湯を桶ですくう音がします。

 

結は立ち止まらずに歩きました。

 

その湯気の向こうに、遠い時代の

機関小屋が見えた気がしました。

 

火を見張る人。

弁を扱う人。

坑道の水位を確かめる人。

 

そして地下で、水が少し下がったことを

知る人。

 

黒い梁は、今日もまた動く。

 

上がる。

下がる。

 

見えない空気の重さを受けて、地下の

水を押し上げるために。

 

ニューコメン型の機関は、低圧の蒸気を

シリンダーへ入れたのち、冷水で

凝縮して部分的な真空をつくりました。

 

ピストンを押し下げる主な力は蒸気圧

ではなく大気圧であり、その往復運動が

梁と坑道内のポンプ棒を介して排水を

可能にしました。

 

第六話 幸福という題

 

夜、結は宿の部屋の机に向かって

いました。

 

窓の外では、雨が降り始めていました。

 

屋根を打つ雨の音は、最初は細く、

遠慮がちでした。

 

けれど、しばらくすると少しずつ強く

なり、湯の流れる音と混じり合って、

宿全体を包むようになりました。

 

結は、書きかけのノートを閉じたり

開いたりしていました。

 

蒸気。

坑道。

水。

火。

 

空気。

大きな梁。

地下へ伸びるポンプ棒。

 

ここまでは、少しずつ書けるような

気がしていました。

 

けれど、表紙に書いた題を見た

とたん、手が止まります。

 

蒸気機関物語――それぞれの幸福――

 

「幸福」

 

その二文字が、急に重く思えました。

 

蒸気機関を作った人たちは、幸福

だったのだろうか。

 

 

ご精読ありがとうございました。

 

懐中温泉