播磨に退く | 「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

潜在意識の働きで、あなたは「スーパーなあなた」になるのです。そのための素材・方法も実はあなたの手元にすでに多くあります。ここでは、あなたがそれを見出し、活用するお手伝いをいたします。胎児(あなた)は、胎児(あなた)の夢により進化します。

懐中温泉です、

 

歴史シミュレーションその17

 

 

第七話 播磨に退く秀吉

 

播磨国・姫路城の空は、九頭竜川ほど

重くはなかったが、ここにも春の雨は

絶えず降り注いでいた。

 


城の石垣を伝う水は、三木城包囲戦に

疲れた兵の足もとを冷やし、布陣の隙間に

湿り気を差し込んでいる。

 

羽柴秀吉、三木城包囲の陣所にあり。

 

秀吉は、雨中に立つ仮設の陣屋にて、

安土より届いた書状を広げた。

 


紙面には簡潔な文言が並び、余計な修辞は

ない。

 

――九頭竜川にて上杉勢と交戦、柴田勝家

苦戦の末退却す。

 


この度の戦、北陸戦線は一時的に譲り、

畿内諸国の火消しを先とすべし。

 


汝、播磨三木城攻めを暫く中止し、兵を

温存して国内諸反乱鎮圧に当たれ。

 

秀吉、眉をひそめて紙を持つ手をわずかに

震わせた。

 

「九頭竜川にて、織田勢退き給うか……」

 

声を低く発したが、周囲の者には届かぬ

ほどの小ささであった。

 

姫路を拠点とし、中国攻略の先駆けと

して播磨を抑える

 

それは秀吉にとって、己の出世が形を

取って現れはじめた過程であった。

 


荒れ果てた城を改修し、農民をなだめ、

商人を集め、新しい体制を築きつつある

ところである。

 

「ここで退けと仰せか……」

 

秀吉、書状を読み返し、信長の筆跡の

整い具合に目を留めた。

 


そこには怒りも慌ても見えぬ。

 


ただ、天下の全体を見渡した者の判断が

淡々と記されているのみである。

 

「信長公は、播磨一国の利を捨てて、

天下の均衡を取らんとされるか」

 

秀吉は、心中にて嘆息した。

 

中国攻めを進めれば、毛利に圧力をかける

ことができる。

 


しかし、今九頭竜川にて上杉と押し合い、

畿内では松永久秀・別所長治・荒木村重らが

反旗を翻している。

 


この状況にて、一つの戦線にこだわることは、

天下を細切れにして失う愚に近い。

 

「……わしの働きは、天下の計においては、

捨て札にもなり得るか」

 

秀吉は一瞬、紙を握りつぶしたくなる衝動を

覚えた。


だが、すぐにそれを抑え、紙面を丁寧に畳んだ。

 

陣屋を出ると、雨の中に兵たちの姿が見えた。


三木城を囲む土塁には、泥まみれの足跡が

幾重にも刻まれている。

 


兵たちは、長引く包囲戦に疲れ、しかしまだ

「織田の天下」が前へ進むことを疑っては

いなかった。

 

秀吉、兵の前に立ち、声を張り上げた。

 

「諸士、よく聞け!」

 

雨音と共に、その声は陣内に響き渡る。

 

「安土より御書到来致した。

 


九頭竜川にて、我らが本隊は一度退かれた。

 


このまま北陸に兵を貼り付ければ、畿内の

火は消えぬ。

 


よって、三木城攻めは暫くこれを中止し、

国内諸反乱を鎮めることが先と定められた!」

 

ざわめきが陣に走った。

 

「退くのか……」


「ここまで攻めておいて……」

 

兵たちの声には、失望と戸惑いが混じっていた。

 

秀吉は、あえて笑みを浮かべた。

 

「退くは敗北にあらず。


 勝つために退くこともまた、戦のうちじゃ!」

 

そう言い、泥を踏んで一歩前に出る。

 

「見よ。九頭竜川にて上杉に押されても、

信長公はまだ安土に座しておられる。

 


織田の旗は揺れておらぬ。

 


ここで中国にこだわり続ければ、播磨は

焼け、摂津は裂け、大和は乱れよう。

 


天下の火を消すためには、一度矛先を

引かねばならぬのじゃ!」

 

兵たちの顔に、少しずつ納得の色が広がる。

 

秀吉は、心の奥で別の声を抑え込んでいた。

 

天下のため、と言えば、己の働きがいつ

でも削られ得る。

 


今は引けと言われれば引く。

 


しかし、いずれ天下の形が変わるとき、


その「捨て札」としての自分を、どう使い直す

べきか。

 

秀吉は、その思いを誰にも見せず、ただ

兵の前では、いつもの「陽気な太閤」の

原型を保ち続けた。

 

「諸士、陣を引くぞ!

 


 三木城包囲は一時中止、兵を整え、

播磨を守り直す!

 


 天下はまだ終わらぬ!

 


 九頭竜川一度の敗戦で、織田が屈すると

思うな!」

 

号令が飛び、陣がゆっくりと動き始める。

 

雨はなお降り続く。

 


しかし、その雨は、ただ兵の肩を濡らすだけではなく、


「捨てられた中国戦線」としての秀吉の心の奥に、


静かな火種を残していた。

 

それはまだ、小さな、目にも見えぬ火であった。

 


だが、九頭竜川後の政治戦が続く中で、


いつか別のかたちで燃えあがる可能性を、


秀吉自身も薄々感じ始めていたのである。

 

 

ご精読ありがとうございました。

 

懐中温泉