異形としての蘇り | 「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

潜在意識の働きで、あなたは「スーパーなあなた」になるのです。そのための素材・方法も実はあなたの手元にすでに多くあります。ここでは、あなたがそれを見出し、活用するお手伝いをいたします。胎児(あなた)は、胎児(あなた)の夢により進化します。

懐中温泉です、

 

肉体は衰弱し、言葉も発せず、這うこと

しかできない

 

 

そんな姿で現世に送り返された小栗は、

道ばたに打ち捨てられています。

 

そこへ通りかかったのが、一人の高僧です。

 

高僧(熊野の僧とも、時宗の念仏僧とも

される)は、小栗の因縁を悟り、土車

(どぐるま/木の車)に乗せて熊野の湯へ

向かわせます。


 

車には、「一引き引いたは千僧供養、

二引き引いたは万僧供養」と書かれた札が

掛けられ、誰でも少しでも車を引けば、

莫大な功徳が得られると説かれます。


 

街道沿いの人々は、その札を見て少し

ずつ車を引き、一人の餓鬼阿弥は、多くの

人の手を借りて熊野を目指すことになります。

 

照手姫の流浪と再会

 

一方の照手姫もまた、過酷な旅路を歩んで

います。

 

父や兄弟の謀略で家を追われ、水汲み・炭焼き・

人買いに売られるなど、各地で酷使され

ながら転々とします。

 

ときには門前で水を売る「水汲み女」として

描かれ、藤沢・相模川流域・美濃など、

地方ごとに伝承の舞台が移り変わります。


 

ある日、道端で餓鬼阿弥の姿となった男が、

首から札を下げて土車に乗せられているのを

見つけます。

 

札には「熊野の湯へ向かう病人である。

 

わずかでも車を引けば千僧供養の功徳が

ある」と書かれていました。


 

照手は、その文言を読んで「亡き小栗判官の

供養になるなら」と、熊野までの長い道のり、

車を引く役を進んで引き受けます。


 

この段階では、照手はまだ餓鬼阿弥が

小栗本人だとは知りません。

 

しかし、雨の日も風の日も、ひたすら車を

引き続けるうちに

 

照手の献身と念仏によって、餓鬼阿弥の

姿は少しずつ人間らしさを取り戻し、熊野の

霊場が近づくにつれて、二人の縁が不可思議

な力で結び直されていきました。


 

熊野・湯の峰での蘇生

 

ついに一行は、紀伊国・熊野の湯の峰温泉

にたどり着きます。

 

熊野本宮観光協会の解説によると、小栗が

浸かったのは、世界遺産にも登録されている

「つぼ湯」で、ここで四十九日間湯治を

行ったと伝えられています。


 

照手は餓鬼阿弥を毎日つぼ湯に浸け、湯上がり

には肌に湯を塗り、念仏と祈りを欠かさ

なかったとされます。


 

四十九日が過ぎたとき

 

枯れ木に花が咲くように、やせ衰えた餓鬼阿弥

の身体は、かつての若武者・小栗判官

の姿に蘇り、声を取り戻します。


 

ここで初めて、小栗は照手に自分の正体を

明かし、照手もまた、車を引き続けた「病人」

がかつての恋人であったことを知るのです。


 

湯の効き目と熊野権現の加護による「蘇り」は、

湯治場・熊野の信仰と直結します。

 

熊野本宮や湯の峰温泉周辺には、「車塚」や

「小栗判官首塚」など、土車や蘇生のエピソード

にちなむ史跡が残り、現在も“小栗判官

ゆかりの地”として巡られています。



 

怨敵退散とハッピーエンド

 

蘇った小栗は、もはやただの被害者では

ありません。

 

熊野の加護と湯治によって体力を取り戻すと、

照手姫とともに故郷へ戻り、横山一党や

小栗を陥れた敵を討ち、領地を回復する

筋立てが一般的です。


 

戦いの後、二人は正式に夫婦となり、

安穏な日々を送ったと結ばれます。


このエンディングは、

 

「悪を懲らしめ、善が報われる」という勧善懲悪、

「死からの蘇りと浄土信仰」、

「苦難を共にした男女の再会と成就」

 

という、中世庶民の願いを象徴するものと

して語り継がれてきました。

 

この物語には、いくつか大きなテーマがあります。

 

毒殺され地獄に落ちた小栗が、閻魔の慈悲と

熊野の霊験で蘇生するという筋は、念仏に

よる救済と熊野信仰を組み合わせた強い

宗教性を持ちます。


 

女性の献身

 

照手姫が身を落とされながらも、黙々と働き、

餓鬼阿弥の車を引き続ける姿は、「苦難を

引き受ける女性像」として後世の文学や芝居に

大きな影響を与えました。


 

温泉と霊場

 

熊野・湯の峰温泉は、「病も死さえも超える効験

ある湯」として、この説話を通じて全国に知られ、

「蘇りの地」としてのイメージを持つように

なりました。


 

そのため、説経節「をぐり」は近世の浄瑠璃・歌舞伎

にも取り入れられ、『小栗判官照手姫』として

多くの上演記録が残ります。


 

関東各地(藤沢・相模原・美濃安八など)や

常陸・熊野には、小栗と照手それぞれに

まつわる地名・祠・祭礼が今も残っています。


 

白浜や熊野を実際に歩くときは、「餓鬼阿弥の

乗った土車がこのあたりを通り、名も知らぬ人々が

少しずつ車を引いた」というイメージで見ると、

温泉街や古道の風景がかなり違って見えてきます。

 

 

ご精読ありがとうございました。

 

懐中温泉