谷をひとつ越えると | 「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

潜在意識の働きで、あなたは「スーパーなあなた」になるのです。そのための素材・方法も実はあなたの手元にすでに多くあります。ここでは、あなたがそれを見出し、活用するお手伝いをいたします。胎児(あなた)は、胎児(あなた)の夢により進化します。

懐中温泉です、

 

伊香保温泉・第12日

 

 

十二日目の朝、結(ゆい)は、十一日目とは

違う種類の重さで目を覚ましました。

 

身体全体にかかっていた「鉛の毛布」のような

感覚は、だいぶ薄れています。

 

腰と背中の鈍い重さも、昨日より一枚分、

膜がはがれたように軽くなっていました。

 

今日は、「減らしたあとにどう戻すか」を試す

一日になるはずでした。

 

朝食は、前日よりもほんの少しだけ量を戻し

ました。

 

ご飯は茶碗に軽めの一膳弱。

 

味噌汁は豆腐と葱と白菜を具にし、汁の量も

少し増やします。

 

漬物は二切れ。

 

箸を進めるうちに、「昨日のように極端に軽く

しなくても大丈夫そうだ」という感覚が、身体の

側からじわりと上がってきました。

 

ただし、途中で一度箸を置き、「本当にもう少し

必要か」を確かめてから、残りを食べるように

しました。

 

食後、布団に仰向けになり、身体の状態を

丁寧に点検します。

 

脚先は温かく、膝も痛みません。

 

腰と背中の重さは薄くなり、胸の奥の膜も少し

透き通ってきたように感じます。

 

一回目の朝湯は、十一日目より一段階だけ

深く、しかし時間は変えない、という方針で

臨みました。

 

湯殿に入ると、黄金の湯の茶褐色が、少し柔ら

かく見えます。

 

昨日はどこか「重苦しく」感じられた湯の色が、

今日は「重さと温もりのちょうど中間」に見える

から不思議です。

 

洗い場で身を清め、湯壺の縁に腰を下ろし、

足先から胸、肩へと浸かっていきます。

 

十一日目は肩まで浸かることを避けましたが、

十二日目の今は、「一度だけ肩まで浸かる」

ことにしました。

 

とはいえ、「十数えるまで」のルールは変えません。

数を数えるあいだ、腰と背中に残っていた

重さが、湯の中でじわじわとほぐれていくのを

感じました。

 

午前中は、石段街に少しだけ出てみることに

しました。

 

宿の前から上へ二十段ほど上がり、踊り場の

手すりにもたれて下を見下ろします。

 

観光客の足取りや土産物屋の呼び込みの声を

聞いていると、自分だけ別の時間の層に

いるような、不思議な感覚がありました。

 

一巡目の同じ頃には、「もっと観光しなきゃ」

と焦るような気持ちもありましたが、今は「石段を

十数段だけ上り下りする」こと自体が、湯治の

一部として十分だと感じられます。

 

昼前に宿へ戻り、共同台所で昼食の支度を

始めました。

 

十二日目の昼は、「野菜多め・米少なめ」を

キープしつつ、身体の状態に合わせて少し

温かさを強めることにします。

 

「湯治の食事は、完全にお腹いっぱいになら

ないくらいがちょうどいい」という言葉を、ようやく

身体の実感として受け止められた気がします。

 

昼寝のあと、二回目の湯に向かいます。

 

十二日目の二回目は、「半身浴+肩まで

ひと息」をイメージしていました。

 

湯殿に入ると、数日前から顔なじみになった

年配の女性が、「今日は調子はどう?」と声を

かけてくれます。

 

「昨日は一回だけにしたので、今日は二回目

に挑戦します」と答えると、「谷をひとつ越えると、

また湯の入り方が変わるわよ」

と言われました。

 

腰まで浸かり、しばらく呼吸を整えてから

、一度だけ肩まで沈みます。

 

十一日目とは違い、湯の重さがちょうど良い

「押し返し」として感じられ、のぼせる気配は

ありませんでした。

 

湯から上がると、心拍数はやや上がっている

ものの、不快感はなく、「働いた心臓が

ちゃんと戻っていく」感覚がありました。

 

午後は、あえて何も予定を入れず、窓から

入る光と風の中で、身体の内側の変化に

耳を澄ませました。

 

夕方、三回目の湯に入るかどうかを判断

する時間が来ました。

 

身体の状態を確認すると、脚は軽く、膝も

痛みません。

 

腰と背中の重さも、朝よりさらに薄くなって

います。

 

ただ、軽い疲れのようなものが、心地よい

眠気の予感として、身体のどこかに残って

いました。

 

「今日は二回で十分かもしれない」と一瞬思い

ながらも、「五分以内なら三回目に短く浸かる

ことが、明日の状態を見るうえで参考になりそうだ」

とも感じました。

 

少し迷った末に、ノートにこう書き込みます。


「三回目、五分以内。湯に入った瞬間に“重い”と

感じたら、すぐに出る。」

 

湯殿に入り、湯壺の縁に腰を下ろして、まず足先

だけ浸けてみます。十一日目とは違い、その

時点での「重さ」はありませんでした。

 

胸まで浸かり、肩まで一瞬だけ沈んだところで、

「今日の湯はここまででいい」という感覚が

すっと立ち上がってきたので、その合図を

信じて立ち上がりました。

 

部屋に戻り、身体を拭いて浴衣に着替えた

ころには、外は静かな夕闇に包まれて

いました。

 

夕食は、昼の味噌汁を薄めて温め直し、ご飯を

小さなおにぎり一つだけ。

 

具は梅干しだけにして、「もう一つ食べたい」と

思う前に箸を置きました。

 

ノートの「今日のからだと心」の欄には、こう

書きました。

 

「十二日目は、“減らしたあとにどう戻すか”を

確かめる日だった。

 

湯も食事も、一度引いたぶんだけ、戻し方に

慎重になれる。

 

二巡目だからこそ味わえるこの往復運動が、

伊香保での湯治を、ただの長期滞在ではなく、“

自分の身体との対話”に変えていって

くれている。」

 

 

ご精読ありがとうございました。

 

懐中温泉