懐中温泉です、
伊香保湯治・九日目
九日目の朝、結(ゆい)は、目覚まし時計が
鳴る前に自然と目を覚ましました。
時計を見ると六時二十分。
窓の外からは、石段を上り下りする人の足音と、
まだ薄い朝の気配が聞こえてきます。
布団の中で足を動かしてみると、冷えはなく、
膝の関節の引っかかりも感じません。
「二巡目の二日目か」とつぶやきながら、ちゃぶ
台のノートを開きました。
新しいページに「伊香保湯治 二巡目 第九日目」
と書き、その下に、「一巡目の二日目と同じ
“慣らし期”だが、身体はすでに慣れている。
湯は三回を上限、食事は基本形」とメモします。
一巡目の七日間で書き残した記録をめくって
みると、二日目の横には「湯二回」「少し疲れを
感じたので三回目は見送る」とありました。
その文字に目を止め、「今日は同じことを繰り
返すのか、それとも一歩進めるのか」
を考えます。
朝食は、もはや完全に手順化されていました。
土鍋に残っていたご飯を温め直し、豆腐と葱、
少しの白菜を具にした味噌汁を鍋で温める。
漬物を二切れ皿に盛る。
七日間続けた「米一膳+味噌汁+漬物」の
組み合わせは、二巡目に入っても変えるつもり
はありませんでした。
ただ、九日目の結は、「少しだけ米を減らして
みよう」と思い立ちます。
湯治の記録や養生書にある「少食」が、よう
やく身体の実感として腑に落ちてきたから
です。
食後、布団の上でしばらく横になり、呼吸と
心臓の鼓動を確かめます。
頭はすっきりし、胸も軽い。脚も温かい。
「今日は三回いけそうだな」と判断し、ノートに
「湯三回を上限。朝・昼・夕とも短め」と
書き込みました。
一回目の朝湯は、いつも通り、短い全身浴です。
湯殿に入ると、黄金の湯の茶褐色が、
朝の光を柔らかく反射しています。
洗い場で身を清め、湯壺の縁に腰を下ろし、
足先からゆっくりと湯の中へ。
二巡目九日目の朝、結は自分の身体が迷いなく
動いているのを感じました。
「どこまで浸かればよいか」
「どのくらいで上がるべきか」
を考える前に、「ここまで」と身体側から線が引かれる
ような感覚があるのです。
肩まで浸かり、十数えるあいだ目を閉じて湯の
重みを感じたあと、結はすっと立ち上がりました。
湯から上がっても、のぼせることはなく、皮膚の
表面にだけ穏やかな熱が残っています。
部屋に戻り、布団に横になって汗が引くのを
待ちながら、ノートに記します。
「朝湯一回目。肩まで浸かる。一巡目よりも、
湯の重さが“ちょうどよく”感じられる。
脚は軽く、頭も冴えている。」
午前中は、石段街へ少しだけ出ることにしました。
宿の前から上へ二十段ほど上がり、踊り場
から下を見下ろすと、観光客が昨日よりも多く
なっているのがわかります。
修学旅行らしい学生たちが写真を撮り、土産
物屋からは饅頭の甘い匂いが漂ってきます。
一巡目のときには、「食べたいもの」を目で
数えては我慢していましたが、九日目の結
には、そうした「我慢している自分」を演じる
気分があまりありませんでした。
ただ、「今は湯治の巡だから」と静かに通り
過ぎていきます。
部屋に戻り、昼前まで読書をしました。
読んでいるのは、ほかの温泉地での湯治記録を
集めた本でした。
そこには、三日目や二巡目でいったん症状が
悪化したあと、十一日目あたりからじわじわ
回復していく例がいくつも載っています。
結は、「自分は今、ちょうどその“途中”にいる
のだ」と思いながらページを閉じました。
昼食は、ご飯をさらに少なめにし、味噌汁を
少し具だくさんにしました。
大根、人参、白菜、こんにゃくを細かく切って
煮込み、最後に味噌を溶いて仕上げる。
五日目と六日目にも似た鍋を作りましたが、
九日目の今日は、「野菜と汁で腹の七分を
満たし、米で残り三分を埋める」くらいの
感覚です。
食後の重さはほとんどなく、身体の中に「空き」
が残っているのがわかります。
昼寝のあと、二回目の湯に向かいました。
九日目の二回目は、「半身浴ベースで短く肩
まで」と決めていました。
湯殿に入ると、数日前に見かけた年配の女性が、
湯の縁に腰をかけて足だけ浸けています。
「今日は何日目ですか」と聞かれ、「二巡目の
二日目、通算九日目です」と答えると、「ああ、
そのへんからが本当に効いてくるのよ」と
返ってきました。
半身浴で腰まで浸かり、最後に一度だけ肩まで
沈んでから立ち上がると、心拍数は少し
上がっていましたが、不快な感じはありません。
部屋に戻り、「昼湯二回目。半身〜肩。
心拍数やや上昇。疲れは少ない。三回目の
可否は夕方判断」とノートに書きます。
午後は、敢えて何も予定を入れず、窓を少し
開けて風を入れながら、軽くストレッチをしました。
二巡目に入る意味について、昨日追記した
史料メモ——竹山日記の「三巡り二十一日」や、
二巡目でいったん不調が出るという記述——
を読み返します。
「自分も今、二巡目の入り口で“深く効き始める”
ところにいるのだろう」と改めて感じます。
夕方、三回目の湯に入るかどうかを決める
時間になりました。
身体の状態を確かめると、脚も頭も軽く、
胸にも重さはありません。ただ、ほんの
わずかに、「よく入ってきたな」という疲労の影が、
肩のあたりにあるように感じました。
「五分以内なら大丈夫そう」と判断し、ノートに
「三回目、五分以内。少しでも違和感があれば
途中で出る」と書き込みます。
三回目の湯は、薄暮の湯殿の中で、静かな時間と
なりました。
