懐中温泉です、
「癒しと労働の列島」篇第九十七話
結は、草津滞在を終えたあと、宿の片隅で次に
行くつもりの伊香保温泉について調べました。
伊香保の近世湯治場を描くうえで、その現場感を
与えてくれる一次史料
たとえば本阿弥忠恒の「伊香保紀行」(寛政五年、
『片玉集』所収)や、伊香保・草津など東国温泉を
扱う近世紀行群があります。
この「伊香保紀行」の翻刻テキストをノートPCの
画面で読みはじめます。
最近はこういうことが簡単にできるようになり、
実にありがたいです。
寛政五年の旅人が
「十二日、雨はれて、いかほを立出ぬるに、
湯のやどりのあるじ…」と書き起こした一節に
目を留めた瞬間
文字の背後から、しとしとと降り続いた
雨上がりの匂いが立ちのぼるように
感じられるのです。
視界の端で、草津の白い湯けむりが、
ゆっくりと茶褐色に変わっていきます。
タイル張りの現代浴場の手すりは
いつのまにか黒光りする木の欄干になり、
足元には、石段が斜めに落ちていました。
指先から、キーボードの感触が消え、
かわりにざらついた和紙の表面が
触れています。
結は、自分が読んでいたはずの翻刻が、
今度は墨のにおいを放ちながら膝の上に
広がっているのに気づきます。
目を上げると、伊香保の石段が、霧の合間
から果てもなく続いていました。
左右には低い軒を連ねる湯宿と茶店。
軒下には、木札に墨で書かれた屋号と
効能書き。
「脚気」
「婦人腹の冷え」
「痔疾」
「皮膚のただれ」
近世の温泉案内におなじみの病名が、
いかにも切実な字で並んでいます。
結は、自分の着ている服が変わっている
ことに気づきました。
ジーンズではなく、藍の絣の着物。
腰には細い帯。
草履の鼻緒が、足の指の股にしっくりと
収まり、石段の一段一段を踏むたびに、
乾きかけた雨水がきゅっ、と音を立てます。
石段の途中、湯宿の帳場の前で、
一人の男が客を迎えていました。
年のころ四十前後、髷を結い、紺の羽織を
着た男です。
彼の背後には、「大屋」「門屋」と朱で
書かれた木札が掲げられています。
村の明細帳に見えるとおり、この伊香保村
では温泉の湯権と家屋を握る大屋と、
その下で部屋を借りる門屋や店借が
はっきりと区別されていました。
「お客人、湯治でございますか」
声をかけられ、結は一瞬、返事に詰まります。
湯治という言葉の重さが、目の前の
現実味とともに迫ってきます。
「三七日もあれば、脚のしびれも、
胸のつかえも、きっと軽くなりましょう」
と男は続けます。
近世の湯治案内にしばしば見られる
「一巡り七日、三巡り二十一日」という
時間感覚が、そのまま彼の口ぶりに
乗っているのです。
宿の中へ案内されると、土間の竈から
薪の燃える匂いが立ち上っていました。
奥には六畳ほどの間が二つ続き、手前の
一間が客の寝起きする部屋、奥が荷物と
小さな火鉢の置き場になっています。
障子一枚隔てた向こうには、同じような
間取りの部屋が並び、そこから咳払いや、
子どもの泣き声が洩れています。
「自炊か、煮炊き任せか、どちらにいたします」
帳場の声が、後ろから飛びました。
湯治宿の多くがそうであったように、この
宿でも、客は米や味噌、干物を持ち込み、
共同の竈で煮炊きするのが基本のようです。
夕方、結は、宿の女たちとともに竈の前に
並びました。
ひとつの大きな釜では、湯治客用の米が
一度に炊かれ、その脇では、小さな鍋に
山菜が煮えています。
青々とした蕗の香りと味噌の塩気、
少し焦げた米の匂い
それらが混じり合って、草津のビュッフェでは
決して感じなかった、湿り気のある空腹感を
呼び起こします。
「どちらからで?」
隣で味噌汁をかき回していた女が、ふと結に
尋ねました。
肩には布をかけ、腕まくりをしたまま、鍋の
湯気で顔が赤くなっています。
「……江戸から、です」
とっさに口をついて出た地名は、さっき翻刻で
読んだ旅人の出立地と同じでした。
女は「遠くからご苦労なこと」と微笑み、ひとつ、
鍋の中の山菜をすくってくれました。
夜、湯殿に向かうと、板張りの廊下が、ぎしぎしと
音を立てました。
湯屋の入口には、男女別の札が掲げられて
いますが、奥のほうからは、男たちの笑い声も
女たちの囁きも、湯気の向こうで混じり合って
聞こえてきます。
湯壺に足を入れた瞬間、草津とは明らかに違う
感触が、すねを包みました。
ご精読ありがとうございました。
懐中温泉
