懐中温泉です、
鉄(くろがね)の湯・第十話
石見の夜風は、肌にまとわりつく塩分と、体の芯
から湧き上がる熱を、心地よく冷ましてくれた。
私たちは湯屋の広間で、薬師湯の湯守が汲んで
きた湧き水をいただきながら、しばし無言でその深い
癒しに身を委ねていた。
玉造が肌を「再生」させる湯なら、ここは内側から
命を「洗濯」する湯。
高殿の炎にさらされた体も、この国の湯のおかげで、
すっかり元通りになったどころか、旅を始める前よりも
ずっと軽く、清らかになった気さえする。
しかし、その満ち足りた感覚とは裏腹に、私の頭の中
では一つの大きな疑問が渦を巻き始めていた。
「…不思議だわ」
ぽつりと漏れた私の声に、阿国さんと小町さんが顔を
上げた。
「これほど見事な『環』なのに…」
私は言葉を続けた。
「たたらという過酷な労働があり、その傍らには、
まるで処方箋のように、火傷に効く湯、腰痛に効く湯、
そして肺を清める湯が湧いている。
これは、この国に生きた人々にとって、何百年、
もしかしたら千年以上もの間、生きるために
不可欠な『知恵』だったはずです。
それなのに、どうして私は、このことを知らなかった
のでしょう」
私の問いに、阿国さんはきょとんとした顔をした。
「どうしてって…結さん、あんたの故郷には、
たたらも温泉もなかったのかい?」
「いえ、どちらもありました。でも、全く別のものとして…。
たたらは『歴史』、温泉は『遊び(観光)』。
二つが、労働者の命を支えるために、こんなにも
固く結びついていたなんて、考えたこともなかった。
私のいた時代では、もう誰もこの『環』のことを
語ってはいなかったのです。
まるで、初めから存在しなかったかのように」
私の困惑を見て取った阿国さんは、あっけらかんと
言った。
「なんだい、そんなことか。そりゃあ、当たり前
すぎるからさ」
「当たり前…?」
「そうだよ。汗をかいたら手ぬぐいで拭うだろ?
疲れたら眠るだろ?
それと同じさ。
たたらで火傷すりゃ、玉造の湯に入る。
肺が苦しくなったら、ここの湯気を吸う。
そんなの、いちいち書物に残したり、偉そうに
語ったりすることかい?
生きるための『当たり前』。
だから、あんたの時代まで伝わらなかった。
それだけのことじゃないのかい?」
阿国さんのあまりにも明快な答えに、私は
息をのんだ。
確かにそうだ。
私たちは、日常の知恵をわざわざ「歴史」として
記録しない。
あまりに生活に密着しすぎたがゆえに、
記録からこぼれ落ち、忘れられていった…。
それが、理由の一つかもしれない。
だが、その時だった。
ずっと黙って私たちの会話を聞いていた小町さんが、
静かに首を横に振った。
「…いいえ、阿国さま。わたくしは、それだけでは
ないように思えます」
その澄んだ声には、確信の色がこもっていた。
「結さんの言う『忘れられた』というのは、あるいは、
『意図的に語られなかった』ということかもしれません」
「意図的に? どういうことだい、小町さん」
阿国さんが身を乗り出すと、小町さんは静かな目で
囲炉裏の火を見つめた。
「都に暮らすわたくしたち貴族が欲するものは、
たたらの生み出す『結果』
…すなわち、美しく研ぎ澄まされた剣(つるぎ)であり、
神事に使われる清らかな鏡であり、
暮らしを豊かにする道具です」
彼女はそこで言葉を切り、ゆっくりと続けた。
「その輝かしい結果を得るために、どれほどの汗と
苦痛が伴うのか。
名もなき人々がどれほど過酷な炎に身を晒し、
それをいかにして湯で癒し、命を繋いできたか…。
その『過程』は、都人(みやこびと)にとっては、
重要ではなかった。
むしろ、知りたくないこと…、目を背けたい
『穢(けが)れ』として、扱われてきたのではない
でしょうか」
小町さんの言葉は、鋭く私の胸を突いた。
そうだ。輝かしい文化や便利な生活は、常に
誰かの犠牲…は言い過ぎかもしれないが、
過酷な労働によって支えられている。
その不都合な真実から、いつの時代も、それらを
享受する側は目をそらしてきた。
「わたくしたちが歌に詠むのは、研ぎ澄まされた
剣の美しさであり、湯の心地よさです。
その二つを繋ぐ、泥と汗にまみれた労働者の姿を、
都の歌人は詠もうとはしません」
私は、自分の無知の正体に気づき、愕然とした。
私の無知は、単なる知識不足ではなかった。
それは、阿国さんの言う「当たり前すぎた日常」と、
小町さんの言う「意図的に隠された過程」という、
二重の忘却の彼方に追いやられた結果なのだ。
そして、その歴史の歪みに、私は今の今まで気づく
ことすらできなかったのだ。
私たちは、この石見の湯の中で、ただ体を癒された
だけではなく、歴史の影に葬られていた、重い
真実の欠片を拾い上げてしまったのかもしれない。
