懐中温泉です、
あなたは、日本の秘湯20選というのを見たり
聞いたりしたことがあるかもしれません。
もっとも、官報に載っているとか、公式の選定
ではなく、年によってもリストは変わっていきます。
したがって、もうすでにそのうちの幾つかに
行っているということもありえます。
いずれにせよ秘湯というので、あまり表には
出ない、隠れた存在です。
山間や渓谷など、普段の生活では味わえない
非日常の温泉体験ができることは間違い
ありません。
そういうところはまさに湯治にはぴったりです。
小野小町と結、二人の「同行二人」は春の別府
温泉から始まりました。
「三週間温泉に入ればほとんどの病が癒える」
――どの宿でも耳にするその古い湯治伝承が、
彼女たちの旅の背骨となっています。
地獄の湯けむりに誘われて別府温泉に行きました。
日本有数の湯煙立ち上る地。
現代人・結の心身は、日々の情報と人間関係に
疲れ果てていたのです。
「リセットしたい」と願ったとき、不意に小町の声が
聞こえました。
「三週間、湯に身を委ねれば、きっと生まれ変われ
ますよ。」
滞在一週目――熱き地獄のさまざまな泉質。
最初の数日は、眠気とだるさに包まれ、不要な
ものが体から抜けていく感じです。
湯浴みに加え、地元の野菜とイタドリの野草鍋が
膳にのります。
「老廃物が湯とともに流れでていく。」
小町は和歌で「地の底の 命よみがう 湯の里よ」
と詠みました。
二週目になると、身体の調子が整い、心が軽く
なっていきます。
別府の湯けむりと地熱の力
それは「大地の呼吸」と知恵の象徴です。
町の老婦人が言いました。
「3週湯治をすれば、体と心はまっさらに…」
三週目です。
夜の湯浴みのあと、結はふと自分の本心や
夢を思い出します。
再生の唯一無二の感覚が湯の底からこみ
上げてきました。
「生き方を変えていいのだ。」
これが湯治の“リセット”だと知り、小町と静かに
頷き合います。
それで次に向かう秘湯は、秋田県の玉川温泉と
なりました。
苛烈なる治癒の聖地として。
岩盤浴場に身を横たえる結。
小町も隣で目を閉じます。
強酸性の湯に身を浸すと、皮膚がぴりりと刺激を
受けますが、それが細胞の目覚めを呼び起こす
のです。
地元の湯守は言います。
「一日や一週でわかるもんではない。
3週間、湯と向きあい、ようやく心身が新しい
回路をつくるのだ。」
湯治宿では自炊を楽しみ、岩盤の上で現代の
身体に蓄積した疲労すら“溶かす”ことができる。
小町は歌を詠みます――
「荒き湯に 命の記憶 よみがえり
過去と未来を 結ぶ湯けむり」
さらに向かうのは青森・酸ヶ湯温泉です。
酸ヶ湯温泉──ヒバ千人風呂の癒しというので
印象深い。
連泊の湯治客が話しています。
「ここでも三週間が一つの区切り。
最初の週は静養、次の週で気が満ち、
三週目で魂が新たになる。」
ヒバ材の大浴場では老若男女が言葉をかわし、
温泉で結ばれる妙な一体感があります。
湯の刺激とともに、心の傷も静かに洗い流される
感覚を覚えます。
結が言います、
「湯に溶ける記憶と、蘇る命。
温泉のタイムカプセルってこういうことなのかも
しれません」
小町は
「歌も人生も、繰り返しの中で再生と循環を知る
のですね」
と微笑みました。