懐中温泉です、
あなたにご挨拶をしたいと思います。
物理的には3日間だけなので、わざわざ挨拶
をするまでもないのですが、そうしたい心境に
あるからです。
なぜかというと私は、これから孤独の旅に
出るからです。
3日間。
しばしのお別れです。
「本当に、しばし、だなあ。」
「言わなくてもいいくらいだ。」
最近の言葉で言えば、プチ旅行、となるのか。
「どちらへお出かけですか?」
と聞かれると、実はどこへも出かけません。
少なくとも、ご近所の方は、私がふだん通り、
自宅にいて、仕事をしている、というように
思うでしょう。
見かけはあまり変わらないのです。
本ブログの記事も休まずに書いていきます。
が、この近未来社会で、私は自分の脳内を
旅行しようと考えているのです。
実のところ、先ほどまでは、つまり昨晩早めに
寝て、今し方世間では早朝と言われる時刻に
目覚めてから急速にそのようになってきて
います。
頭は急速に回転している。
たぶん、これまでの生涯でもごく僅かな機会
でだけこういう状態になった。
いつ頃だろう。
たぶん、入学試験の頃はそうでした。
私は、ごく最近まで、自分の集中力が高い
とは自覚したことはなかったのですが、
時々、同僚や知り合いの人から指摘される
ことがあります。
没我というか。
確かに言われてみれば、1年でもある限定
された期間についてはほぼ記憶がありません。
集中しているのでしょう。
予定表と日誌を組み合わせた簡単な日報を
つけているので、それを読み返せば自分の
行動をたどることはできます。
イベントなどは思い出せますし、そのときの
成果物、研究プロジェクトの申請書、は
残るので、こういうものを作っていたのか。
とは知ることはできるのです。
もっとも、ほとんど他人がやったようで、
やはりそのときの自分の状態、とくに内面の
状態がどうであったのか。
あまり思い出せない。
少なくとも実感がない。
そういうときには、たぶんかなりの集中力を
示しているのではないでしょうか。
自らをカンヅメにしている。
と言えるかもしれません。
ただ、もともと内向的、というかエネルギー
の向きが内側になっている場合、閉じようと
する力が先に働くので、そうなりやすい。
だから1人でいるよりも、むしろ雑踏の中に
ある方が集中できる、というところがある。
もともと孤独の旅というのは、自分の感情の
動きを見つめるために行うもので、期間は
3日間くらい、長くても1週間か10日くらいで
設定します。
なるべくお金を使わずに、人と接触せず、
ふだんなら行ったことのないような場所に
行く。
ところが、最近、昨日までの世界からこの
近未来社会に世界丸ごと巨大なタイムマシンで
やってきました。
時間旅行です。
近未来なので、それこそ、プチ時間旅行。
もっとも、規模が世界スケール、今で言えば
グローバルなので、プチであっても変化は
大きいとも言えます。
たぶん、それは価値観であるとか、ものの見方
とかに強く作用します。
だから、今回の孤独の旅は、空間を移動する
というより、自分の脳内で、これまで行ったこと
のないような部分に行ってみたい。
という感じでいます。
それほど長くはないのですが、3日間、これを
やってみたい、というのが今、起きてから
このように記事にしてまとまってきた考えです。
「だったら、しばらく1人になりたい、とかいう
やつなんじゃない?」
「放っておいてほしい、とか。」
「座禅を組むみたいなものか。」
そうとも言えそうですが、今回は、自分の
脳内旅行という感じなので、何かを発見する
かも。
そのような期待があるのも確かです。
孤独の旅ではありますが、探求の旅でもある。
3日間と時間を区切っている。
では、しばし、3日間のお別れです。
