懐中温泉です、
あなたは、コペルニクスとはほぼ
お友達のような気持ちでいると
思います。
近代人、または現代人であれば、まず
誰もがそのような心持ちでいると
考えてよい。
コペルニクスとは、いうまでもなく、
あのニコラウス・コペルニクスです。
1473年にポーランドで生まれ、1543年に
70歳ほど、16世紀のヨーロッパとしては、十分な
寿命を保ち、この世を去った。
聖職者であり、天文学者として、天体観測を
続け、『天球の回転について』を著し、
それは彼の死後公刊され、地動説を提唱して
います。
それまでのキリスト教の教えでは、地球が
宇宙の中心であり、太陽をはじめ、月や他の
星々も地球の周りを回る。
というものを、実は地球が太陽の周りを
回っているのだと、文字通り天地をひっくり
返した。
それが地動説です。
効果音をつけるとすれば、
ゴゴゴゴ・・・
という背景に流れ、しかも、明暗も逆転する。
いや、もっと深遠で深刻な影響を宗教改革
で混乱していたキリスト教会やアカデミック
な集団に影響を与えた。
コペルニクスは、自説の破壊的なまでの
影響力を熟知していましたので、
生きている内に世に公刊したならば、
教会裁判所で審問を受けることになる。
まず間違いなく、異端とされ、火あぶりの
処刑となる。
そのような恐るべき、しかし、ほぼ確実な
結果をイメージしたのでしょう。
賢明にも、自分が死ぬまでは、それを
世に表さず、死後、公開するように知人に
頼んでおいたのです。
その判断は正しかった。
後に、彼の地動説にもとづき、自らの
研究を進めたガリレオ・ガリレイは、
本当に教会裁判所にひったてられ、
異端審問を受けることとなります。
審問というのは、しばしば、拷問をともない、
ガリレオも、審問官にその拷問道具を
見せられた、とされます。
高齢でもあり、とてもそんな拷問には
耐えられない。
それで自説を主張するのを控えると
しましたが、それでも幽閉の身となり
ました。
「それでも、地球は動く。」
彼のそのときのつぶやきは、現代まで
語り継がれています。
ということで、地動説とは、近代世界、
現代社会の開始宣言だった。
近代世界に暮らし、現代社会の一員
として、あなたは、コペルニクスやガリレイ
と同じ見方をする。
気脈を通じている、と言ってよい。
私自身も近代世界人であり、現代の
社会で日々の営みをもつ者です。
地動説にシンパシーを抱く。
共鳴している。
ところが、実は、つい先日まで隠れ
天動説派だったようなのです。
いえ、地球が宇宙の中心というのでは
なく。
そのような宇宙スケール。天文学的規模
のお話ではありません。
テーブル上の、食卓の域を出ない。
そのレベルのことです。
あるいは、食卓・テーブル上のこととは
いえ、私の行動範囲、生活空間の中では
私の小宇宙の中では。
ご飯が、
大盛りのご飯が、
中心にありました。
それはあまりにも当たり前で、
空気があるのが当たり前のように、
意識しなかった。
目に見えない。
聞こえない。
手で触ることもない。
味もない。
もちろん無臭です。
いや、丼一杯に大盛りのご飯のことを
言っているのではありません。
その目に見えない信念のことを言って
います。
この世の中心は大盛りのご飯だ、という
信念を。
しかし、今や私は、気がついた。
この目に見えない、聞こえない、知覚
できない信念を、
私自身の内なる天動説を。
職場の定期検診の結果。
要医療の異常な高血糖値。
『気をつけていたのに・・・』
しかし、日々ご飯2合、またはそれと
同等の満腹感を与えてくれる、
菓子パン
餅、または和菓子
麺類
これらを食べていれば、いずれは
こうなる。
内なる天動説の結果です。
この検診結果が私のそれまでの
行動パターンから一気に、ご飯大盛りを
除去しました。
すると、それまで見えていなかった
ものが、きちんと、フルカラーで見えて
くることになった。
以後、発見の毎日です。
私の内なるコペルニクス的転回
これについては、その転回のプロセス
として、またあなたにお話ししたいと
思います。
それまで、あなたにもご自分の胸に手を
あててふり返っていただきたい。
いかがでしょうか。
あなたの内なる宇宙の中心は、ご飯
ではありませんか。
大盛りではないとしても。
とすれば、もしもその宇宙の中心が
ご飯でない。
こう考えてみては。
おそらく、これまでとは様々に物事が
違って見えてくるはずです。
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