懐中温泉です。
本ブログをご訪問いただき、
心より感謝いたします。
ウィンク殺人は生きています。
あなたは知っていますね。
https://youtu.be/NQGGvpcOE6o
確かに、ゲームとは言え、
殺人は、決して許される行為では
ありません。
人道にもとる行為です。
人の道にはずれる。
しかし、実のところ、
私たち、人類の歴史とは
殺人の歴史なのです。
常に殺人という、
この人の道に外れることを
繰り返してきており
その生き残りが私たち。
そのように言うことも
不可能ではありません。
殺人を大々的に
組織的におこなうのが
戦争であり、
歴史とは一面、戦争の歴史だからです。
しかも、歴史は別の側面でいえば
勝者の歴史であり、
その勝ち戦について
勝ち誇って書かれるものなのです。
人を支配したい。
征服したい。
蹂躙したい。
奴を食い殺したい。
弱肉強食。
実際、ごく最近まで、
あるいは今でも世界のどこかでは、
食人の風習が残る地域がある
とされています。
なぜ人が人を食べるのか。
百歩譲って飢えのため、
であればわかりますが、
そうではなく、戦争で討ち取った
相手を食べるのです。
とくに相手が優れた勇者であれば
あるほど、その精神をも
わがものにしたい。
精神の源は心臓である、
と信じられていましたから、
とくに心臓を食べる。
また、肝っ玉といいますから、
肝、すなわち肝臓も食べる。
焼き鳥屋さんや
焼き肉屋さんで
ハツと言ってるのは
ハート、つまり心臓です。
レバーが肝臓。
あれらは鶏肉や
豚・牛でやっていますが、
実のところはかつて、私たちの
ご先祖は人肉でやっていました。
ご先祖と言っても、
歴史を残す前の頃のご先祖です。
歴史を残す頃になると、どうでしょう。
さすがに戦争に勝ったとしても、
誇らしげに相手の肉や心臓・肝臓を
食べているところを文字や絵で残す
ことは減っているのではないでしょうか。
それでも、紀元前7世紀あたりの
古代アッシリアあたりでは、
負けた側の皮を剥ぐ、といった様は
浮き彫りのレリーフに残しています。
焼き鳥屋さんでは
カワといって、皮も食べますね。
焼き肉や焼き鳥を
食べると
私たちの血がどこか騒ぐ、というのも
ここらへんの過去の記憶によるのでしょう。
もちろん、
戦争ごっこや
チャンバラ。
あるいは、より本格的な
サバイバル・ゲーム。
こうしたものは
今でも盛んです。
いずれも遊戯という形で
実際には殺人や
まして人肉食まではいたりません。
あるいは、
ネットゲームなどで、
食人のものもあるのかも
しれませんが。
ともかく、
サバイバル・ゲームの中でも
最も洗練され、エレガントなのが
ウィンク殺人なのです。
振り返ってみると、
間接キスと同様に
ウィンク殺人も、日本オリジナル
ではないでしょうか。
そもそも、日本に
ウィンクが入ってきたのは、
海外の映画の普及とともに、
と思われます。
だいたいキスと
前後するでしょう。
それを日本の伝統文化と
融合させた。
能に通じる「間(ま)」
の文化と結合させたのが
間接キス。
それと密接に関連するが
禅の思想と関わり、
和を基調に、輪となる
茶の湯。
お茶を飲みながら、
お菓子を食べながら、
輪になって行う、
殺人ゲーム。
戦国時代に発展した
茶の湯では、実のところ
精神的な戦争が駆け引きとして
行われていました。
しかも、実際に
その結果として戦さも
行われたことも数々あります。
千利休がその体現です。
とすれば、ウィンク殺人は、
まったく戦争にむすびつかず、
むしろ、好意を間接的に
伝えるゲームとして極めて洗練されたものです。
平和な時代、平和な社会にしか
ありえない。
戦争をしていて、
戦さの中にあっては
ウィンク殺人は
存続し得ないのです。
戦後何十年と、平和であり続ける
日本でのみありうる、
ということなのでしょう。
というわけで、あなたも
平和をかみしめながら、
あなたの意中の相手を
あなたの意のままに
という願望をかなえてください。
ウィンク殺人で。
私たちが食べるべきは。
ご精読感謝いたします。
懐中温泉