「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

潜在意識の働きで、あなたは「スーパーなあなた」になるのです。そのための素材・方法も実はあなたの手元にすでに多くあります。ここでは、あなたがそれを見出し、活用するお手伝いをいたします。胎児(あなた)は、胎児(あなた)の夢により進化します。

懐中温泉です、

 

有馬湯治第一日後半

 

 

最初の入浴では、肩まで浸からず、

胸のあたりまでで止めることにしました。

 

伊香保の一巡目一日目と同じように、

「最初の日は、湯に入れることを

確認するだけ」と決めていたからです。

 

湯の中で十まで数え、呼吸をひとつ

深くしてから、すっと立ち上がりました。

 

浴室の壁には、

 

「長湯は避け、体調を見ながらご入浴

ください」

 

といった注意書きや、金泉の成分表、効能

(神経痛、筋肉痛、冷え性など)とともに

「高血圧・心臓病の人は短時間入浴」

などの注意事項も掲示されています。


結はそれを眺めながら、「ここでもやはり、

“短く、回数で効かせる”ことが大前提

なのだ」と改めて思いました。

 

初日の入浴は、このぬる湯での短い

全身浴を一回だけにとどめました。

 

上がり湯をして浴室を出ると、外気の

ひんやりとした感触が、伊香保のときと

同じように「湯から現実の時間へ戻る

境界線」として身体に刻まれます。

 

宿に戻り、結はちゃぶ台の上に新しい

ノートを開きました。

 

表紙の内側に、「有馬湯治 二十一日」

と書き、その下に小さく、「金泉と銀泉、

そして本居大平たちの足跡をたどる旅」と

書き添えます。


初日のページには、こう記しました。

 

「一日目。金の湯・ぬる湯に胸まで一回

だけ浸かる。湯は濃く、伊香保よりも

一段“重い”。

 

足湯と短い全身浴で、“効かせたいが

効かせすぎない”入口をつくる日。

 

まだ町の全体像を追いかけず、

湯の手触りと匂いだけを身体に

覚えさせる。」

 

伊香保での最初の一日と同じように、

有馬での湯治時間も、この静かな一行

から始まっていきました。

 

有馬の江戸期湯治食は、「長期滞在の

自炊」を前提にした、かなり質素で

土地の山菜・魚介と結びついたメニュー

が基本でした。

 

近世後期の有馬では「入湯の客は

大半自分賄ひ也」と記録されており、

長期湯治客は宿の土間や共同竈を

使って自炊するのが普通だったとされます。


短期の上客向けには、宿側が膳を出す

場合もありましたが、長逗留の庶民的な

湯治では、米・味噌・塩干し魚や野菜を

自ら調達し、簡素に煮炊きするのが基本でした。

 

有馬は古くから山椒の名産地として

知られ、鎌倉〜室町期の段階で

「有馬の山椒は香り高し」と記録されて

います。


室町時代には、「有馬の山椒と松茸を

炊き合わせて湯治客に供した」という

伝承もありました。

 

秋季の膳には、山椒と松茸を炊き合

わせた飯・煮物、山菜・木の芽・山椒を

きかせた汁物などが上がったと

考えられます。


江戸〜近代にかけては、山椒の木の皮

を細かく刻み、醤油・酒・みりんで

煮詰めた「辛皮(からか)」という佃煮が

湯治客の常備菜として食卓にのぼりました。


また、実山椒の醤油煮「有馬山椒」は、

ご飯の友・魚の煮付けの香味として

重宝されました。

 

のちに「有馬煮」という料理名(サバや

イワシの有馬煮など)を生む語源にも

なっています。

 

有馬湯治の一日三食は、他の近世温泉地

の事例や有馬の食材事情から、次のような

構成だったと推測されています。

 

 

白飯(または雑穀交じりの飯)

味噌汁(大根・豆腐・葉物など)

漬物(菜漬け・梅干など)

 

 

飯少なめ

煮物:大根・里芋・人参など、季節の野菜

焼き魚または干物(川魚・海魚の塩物)

山椒を利かせた小鉢(山椒の葉・実・辛皮)

 

 

汁(ときにキノコや山菜入り)

煮魚・煮しめ(山椒を薬味として使用)

季節によって、松茸・筍など山の幸を少量

 

温泉地では“ご馳走”よりも、体調管理

と長期滞在を支える“持続可能な食事”

が重視され、魚や山菜・キノコ・薬味類が

季節ごとに膳の変化をつくっていました。

 

 
ご精読ありがとうございました。
 
懐中温泉