懐中温泉です、
「癒しと労働の列島」篇 第六十話
結が気づくと、隣を歩いている人がいました。
声をかけたわけでもなく、振り向いたわけでも
ありません。
ただ、そこにいるのが自然だったのです。
小野小町でした。
それは歌人としての小町でも、伝説の美女として
の小町でもありません。
もっと静かな、旅の途中の人としての姿でした。
歩き慣れた足取りで、道の端を選び、湯気の立つ
ほうへと自然に向かっていきます。
結は、この同行を不思議に思いませんでした。
時間が違うだけで、歩いている理由は同じだった
からです。
――熱のある場所を探している。
それだけでした。
道は、神社と温泉を縫うようにつながっていました。
名のある社も、名もない祠もあります。
山の斜面に張りつくように建つ社の近くには、
必ずと言ってよいほど、温かい水が湧いていました。
結は思い出します。
伊勢谷武が『アマテラスの暗号』で示したのも、太陽神
の物語ではなく、熱を扱う人びとの移動の痕跡でした。
小町は、社の前で足を止め、言いました。
「ここは、歌の場所ではありません。火の場所です」
たたら製鉄の遺構は、どこも水と熱の近くにあります。
炉を守る人びとは、定住する農民ではありません
でした。
季節ごとに移動し、山に入り、鉄を生み、また去って
いく。
歴史家網野善彦が描いた、平民・職人という民衆
とくに「非農業の衆」は、こうした人びとを含んでいます。
彼らにとって、温泉は癒しである以前に、次に動く
ための調整の場でした。
小町は、そうした人びとと同じ道を歩いていたのだと、
結は理解します。
歌を詠むことと、鉄を打つこと。
一見、まったく異なる行為ですが、どちらも「熱」を
扱います。
言葉の熱、身体の熱、炉の熱。
今の言葉ではエネルギーとくくられるでしょうか。
民俗学者折口信夫が言うところの「まれびと」は、
こうした熱を携えて現れ、また去っていく存在でした。
道の途中で、温泉のそばに集まる人びとの姿が
見えます。
湯治客でも、観光客でもありません。
行基や空也、一遍のような、歩く宗教者たちです。
彼らは教えを説くだけでなく、道を整え、湯を見つけ、
人を集めました。
温泉は、信仰の終着点ではなく、移動の結節点
でした。
民俗学の柳田國男なら、ここに「講」を見ただろう、
と結は思います。
温泉講という名は史料に残らなくとも、実践としての
講は確かに存在していました。
共に歩き、共に湯に入り、共に次へ向かう。
その反復が、人びとの身体に刻まれていったのです。
小町は言います。
「名前は、あとから付くものです」
南方熊楠が拾い集めたのも、名づけられる前の
関係でした。
社と湯、山と浜、人と人。そのつながりは、制度や
教義よりも先に存在していました。
結は、ここに「社会の遺伝子」という言葉が、比喩では
なく実感として立ち上がるのを感じます。
それは血ではなく、歩き方の継承です。
熱に近づく仕方。
湯を使う距離感。
他者と空間を共有する作法。
小町と結は、同じ湯に足を浸しました。
時代は違っても、温度は同じです。
湯は、過去を保存しているのではなく、使われ方と
して過去を生かし続けているのだと、結は理解します。
小町は、湯から上がり、また歩き始めました。
「歌は、残らなくてもいいのです」
そう言って、道の向こうへ消えていきます。
結は、その背中を見送りながらノートに書きました。
――神社と温泉は、信仰の装置ではない。
移動する人びとの記憶媒体である。
近世へ、そして現代へ。
この道は、まだ続いています。
結は再び歩き出しました。
同行二人の感覚だけを、身体に残したまま。
