そしてその週末の土曜日、いつもの様にゼロヨンに行き何本か走って、





警察来たのでいつもの場所で待機してたら





珍しい七ヶ浜の先輩が来た。





見ると三菱ギャランのフルチューンがボコッボコッにされフロントガラスは割られて無くなってるし、リアやドアはヒビが入ってるしで、





事情を聞けば、仙台の○○○って言う暴走族に囲まれ、





『オメェ何処の奴だ』と聞かれたから





『七ヶ浜だこのやろう』って返したら、一斉にボコボコに。





たまたまパトカーが遠くに見えたらしく、すぐに散ったらしいが、車は滅茶苦茶になってしまったとの事





パンチの言葉が頭をよぎったが、とても言い出せず、さらにその先輩は今から同級生のヤ○ザの所に言って報復してやると熱くなってるしで





相棒の同級生カツミと『今日はヤバいな!うろちょろするのは危険だ』なんてこそこそ話ししてた。





そんな事があっちこっちであったのか、3~4時にはかなり車も減り、ゼロヨン再開も無い雰囲気だったのでカツミと先輩のゲンさんと三人で





『缶コーヒーでも飲んで帰るべ』って事になり、車1台に乗って近くの自販機へ




自販機でコーヒー買って、そのままそこでウンコ座りでタバコ吸っていたら…




遠くからバイクの音が聞こえてきた。





まぁ俺らものんきに『どっちだべ』(仙台か塩釜か)なぁ~んて見てた…





塩釜なら知ってる後輩もいるし逃げる必要ないから少し余裕かまして見てた







バイクが10台ぐらい来て、その中の数台が仙台の○○○ってチームの旗を!!




『ヤベぇ~』とか言って立ち上がったがあっという間に囲まれ、睨まれる。





俺はパンチかチィーがいないか探したが、いない…





あとで聞いたがこの日は2人共、彼女と遊んでて参加していなかった。





そんなこんなでバイクはざっと40~50台。車は5~6台(;´д`)





その中の1台で、黒のクラウン(当時はヤバい奴の象徴の様な車)の後部座席から劇ヤバ風の奴が木刀持って降りてきて、つかつかと近づく。





もうダメだと思った。





木刀持った奴が『オメェら何処の奴らや』とどっかで聞いた事のあるセリフを





カツミとゲンさんは思い切り地元七ヶ浜。
(ちなみに俺は全然関係無い町の人です)




俺は心の中で『カツミ!頼むから鳴瀬か矢本、もしくは石巻って言え』と念じた!!
10代でバイクで新港に行って、起きた事件は前のブログの時に書いたので




こちらは車になってからの事件を。




まずは40~50人の暴走族に囲まれ、死を(大袈裟ではないよ)覚悟したやつ!!




これはマジてあきらめたし、震えた!




事の発端は俺らにはまったく関係ない






当時の暴走族は仙台VS塩釜・多賀城・七ヶ浜の一大抗争状態で毎週どっかでやり合ってた





その頃は俺は運送会社に勤めてて、ジムカーナーやゼロヨンをやってる人が多かった




ある日一つ年下になる新入社員2名が入社してきた。




こいつらに仕事を教える為、ツーマンであっちこっちに走りながら仕事を指導。




運転しながらいろんな会話をしたが、どうやら19でまだ現役で暴走族して様だった。




ただそいつらは、普段は面白く一つ違いだったがきちんと先輩後輩はわきまえてて、




敬語をバッチリ使い話してきてたが…暴走族話になって塩釜の事になると目の色変わり憎さ全開で話してきてた。




これはヤバい連中なんでほどほどに付き合う様にしてたけどね。






そんな穏やかなある月曜日の朝!



二人の内の片方(通称パンチ!パンチパーマだったから)が頭に包帯まいて、顔は眼帯と絆創膏を張り出勤してきた。




これには俺ら同年代社員をはじめ、じいさん社員やバリバリのヤ○ザ社員(トラック運転手は多かった)もびっくりで、みんな集まって食堂で事情聴取を。





聞けば土曜の夜に抗争があり、仙台10人対塩釜40人でやり合ったらしく、仙台はボコッボコッにされて



パンチはその10人に入ってたらしく、上記の様な姿に。




ちなみにもう片方(通称チィー)は彼女と遊んでて、走りには参加してななかったらしく、災難には会わなかった様だ。





さらに話しを聞けば仙台の暴走族2人が拉致られて、大問題になっており、彼らにとってはかなりの大事件に





ほぼぶっ壊れ状態のパンチいわく




『今週の土曜の夜は新港に来ないで下さいよ、仙台以外の奴は片っ端しから殺りますから』と(笑)



ちゅうか!これねホントマジ顔で、拳握り締め机叩きながら言ってたからね。





しかぁ~し、唯一の楽しみのゼロヨン!暴走族の抗争で行かない訳には行かない。





結局、この忠告無視して週末ゼロヨンに行ったが、とくだ事件も無く、





逆に塩釜の暴走族がはびこっていて、いい迷惑だった。





明けた月曜日に会社でパンチにあったら



『拉致られた奴ら助けましたよ、○○さん(俺の名前ね)の地元後輩の人が助けてくれました!ありがとうございます』だって。




その人じたい知らないし、おまけにまったく関係無いのに地元が同じってだけで昼飯をゴチに(笑)




これで一件落着かと思ったが、拉致られた時の二人の仕打ちがかなりひどかったらしく、必ず仇を取ってやるとますます鼻息荒くなってて




『パクられ覚悟で殺る』なんて言ってた。




これの言葉が嘘じゃなくマジだったのが後から目の当たりにするのだった。
野球シーズンがオフなんで去年に引き続き当時のゼロヨンの思い出を。




当時は『バブル』全盛期で金持ちは無駄に車に金かけて速さを競ってた。




俺は20歳位だから金は無く、しかし給料の半分は車に次込んでた。




RX-7(SA22C)のエンジンを自分でバラシ、改造・組み立てて、仲間同士で乗せ換えたりして




当時はRX-7のワンメークレースが菅生サーキットであったりしてたから、宮城や福島には7のパーツはいっぱい出回っていて、入手には苦労する事無かった。




さて、感心のゼロヨンだがターボが台頭して来てたので、レースはもっぱらNA対NAでやるようにしていた。




真夜中の12時からぼちぼち始まる。大体は地域の先輩後輩同級生でグループが出来てて、集まる場所も暗黙で決まっていたから





行けば必ず誰かいて、ベルミーコーヒー飲みながらあーだこーだと話が進む。




いよいよレースに参加。




7のロータリーエンジンの相手はやっぱり宿敵L型エンジン




スカイラインやZのNAチューンを中心に対戦。




ゼロヨンやり初めは13Bサイドでやってたが、中々勝てなかった。




勝ったり負けたりと面白くなってきたのは、このエンジンが大雨の影響で家の裏にあるドブが氾濫し、水没したのでの諦め、思いきって13Bペリにしてから。




こいつはパワフルだった。


いい勝負してた。




土曜の夜は3時位までゼロヨンで盛り上がっていて、バイク(革ツナギのレーサー風)VSソアラ5MG改ツインターボの対決とかあったりして、かなり面白かった




ただ3時過ぎると、街中を流して来た暴走族が仙台新港に流れて来て、グッチャグッチャになり、トドメはパトカーがごっそりご登場(^-^)/




仕方なく一旦避難し様子を見る。




大体5時過ぎに暴走族やパトカーがいなくなるから、また車の連中は集まり出して、朝の7時位までまたレース。



土曜日はほとんどこのパターンで終わる。




そして日曜日の夕方にまたゼロヨンが始まる。これはエンジンノーマル・マフラーチューンなんて感じのライトな改造車も多く、本格的な人達は、集まるけど出ないで見てるのがほとんどだった。




俺の7はリッター2kmも走らないから日曜日はお休みで先輩のジャパンターボに便乗して参加。




まぁジャパンターボとバカにしてるが、中身は3.1のシングルターボでフルチューンだから負けた記憶がない(笑)




負けたのはスープラ6MGツインターボぐらいかな。



こんなゼロヨンだがやはり色んな事件がやっぱり起きる。




そんな訳で!このオフは絶対に忘れられない大事件を2~3つづって行きますね。




明日から♪