正しい選択を
続けることなどできない
そもそも何をもって
正しいかも測りきれない
そも僕らはみな正しい者ではない
僕らはいつだって
正しさを選っているのではなく
”自分が選んだことが正しかった”と
そう思えるその精神を保つ為の選択を採っている
どうせ
どいつもこいつも
誰も彼も
どれもこれも
何もかも
各々やったり言ってることなど
とどのつまりは
思い込みや信じ込み
我田引水の賜物で
それで心の安定を
維持してる部分があったりする
結局
何か踏み出しにくい選択をするにしたって
肝心なところなんて恐らく一点ぽっきりで
”あってる”かどうかなんて重要ではなく
”間違ってない”かどうかなぞ大切ではなく
”この選択を採ったこともある意味正しかった”と
そういつの日か感じられるようになる
選択ができるかどうか
それだけなんだから
最初から最後まで
僕ら人のする選択において
あってるかどうか
間違ってるかどうかなんて
大した問題じゃないんだから
だから
お好きにおやりよ