年明けとかいうやつがまた来たなこれ。
めでたいとか
心機一転の節目とか
辺りじゃ難しいこと言っててよく分からん。
精神も肉体も
節目節目に区切られ
何々期何々期とラベルを貼り替えながら
育ったわけではないし。
連続することの中で
そんなに大々的な催しごととして
扱わなければならない部分が
何処にあるのかは甚だまではいかずとも
ちょっぴりだけそこに疑問を呈しても
よろしいでしょうか。
宜なるかなとお許しを。
めでたいだとか
心機一転の節目だとかいって
蹶起したいのなら
それはそんな大事に託けなくとも
この冬の時期なら
毎日できるとも。
ぬくぬくした部屋からこんばんは、と
夜更けに窓開けりゃさっぱりきっぱり
似た様なもんよ。
窓開けましたら
何がめでたいことであるかなどぎっしり感じる。
薄っぺらな透明の板一枚の節目だけで
毛が逆立つほど気も引き締まる。
日々めでたく思えないこともなく
常々気を引き締められなくもない。
年明けなんてあんなもん
冬の夜更けに窓開けて覚える気持ちと
そうそう違いなんてないというそんな香り。
そんな香りを地球の夜風の含有物に仄かに感じる。
窓開けてそれだけで
おめでとうございますと
ありがとうございますは
十分生まれてる。
今日もよろしくお願いしますも
今日も頑張っていきましょうも
いつもお世話になっておりますも
全部生まれる。
その連続であるのに、
やはりまた年明けとかいうやつがまた来たなこれ。
めでたいとか
心機一転の節目とか
狙い澄ましたかの様に
花火と鐘が技あり一本の勢いで
鳴り響いててよく分からん。