本書を、セブンアンドワイにて注文したところ、しばらくして「ご注文商品を入手することができませんでした」というメールがきて注文が取り消しになってしまった。読者のコメントを見ると、出版即絶版になるかもしれないなどと書いてあるので、もしかして本当に販売差し止めになったのかと日本の言論界の今後を非情に危惧していた。しかし、翌日立ち寄った書店に平積みされており、加えてご丁寧にも、特大パネルにて紹介までされていたというまったく人騒がせな書籍である。たぶん1刷りの冊数が少なめに設定されており、ネット書店まで配本が回らなかったというのが真実ではないかと推測される。それを証拠にアマゾンのほうでも品切れをおこしており次回入荷日が記入してあった。本書ではいかに小泉純一郎が総理としての資質に欠けているか、小泉首相にこの国の舵取りをゆだねている日本が危機的状況にあるのかが述べられている。にわかには信じがたいような事がいくつも述べられており、衝撃と恐怖を覚える内容である。ただ、注文をキャンセルされて何らかの圧力を想像してしまったように、事実が思い込みによって拡大解釈されているとも考えられる。話半分で考える必要がある。しかし、大手マスコミがこぞって小泉賛美を繰り返す現在の言論界においてこういう形で、反対方向にふれている評論も間違いなく必要である。多くの人がこの書籍を読んで、今一度自分の頭で考えることが重要だ。

ある成功者の秘密 富と心の豊かさを得る知恵 / アラン・コーエン/著 牧野・M・美枝/訳

あまり自己啓発の本は読まないのだが、先日訪問した経営者に薦められて読むことにした。その経営者は年間300日くらい講演をしているそうで、(個人的には本末転倒ではないかと思うのだが)、とにかくパワーのあるポジティブな人で、読み終わっての感想は彼が好きそうな本だなということだった。内容は簡単に言うと、豊かな人生とは、自分の思考次第だということで、世間から見て成功者に見えても、その人が実際に幸福とは限らないわけで、豊かな人生を送りたい、送るんだ、自分にはそのチャンスがあるのだ、といった心の持ちようが大事だということだ。ただ、この本が他の自己啓発の本と違うのは、小説仕立てになっているということだ。物語として読むことができるので、抵抗なく読むことができた。ただ、最後に実は青年は経営者の息子であったというラストは、自らの運命は決定付けられているという印象を与え、豊かさは誰の中にでもあるという一番伝えたいはずのことを薄めてしまっているような気がしてならない。

内容はそれほど目新しいものではない。現在日本のメディア批判である。森巣氏はオーストラリアに住んでいるらしく、海外メディアと日本を比べて、日本はいかに駄目かという説をたびたび主張している。正直、この使い古された図式はあまり好きではない。ただ、読んでいて思うのは、日本とはこんなにもヤバイ国になってしまったのかということである。本書にも述べられているようにここ何年かで、座標軸が大幅にずれてしまったような気がする。この大きなずれが、本来なら問題発言で辞任に追い込まれてもおかしくないような政治家にのうのうと発言を繰り返させてしまっている。本書で一番注目すべきは、民意とは何かという考察である。視聴者である私たちが望むから、今のメディアの状況があるのか、メディアが私たち無知な大衆を自覚、無自覚の違いはあるものの結果的に誘導しているのかという問題である。私は、私たちが望むから今のメディアがあるのだという森氏の主張をよく肝に銘じなければならないと思う。どちらが先かはよくわからないが、一人一人が問題意識を持って、自分の考えを明らかにしていくことが、メディアを、しいてはこの国をよくしていく最良の道であろう。遠く険しい道ではあるが。


たぶん森さんはすごくしつこい人何だろうなと想像する。どの本を読んでも、最終的に彼は同じ事を言っていると感じるからだ。彼の主張とは、現実の事象から目を背けず、決して思考を停止させるなということだ。森は決して誰かを批判しない。そのかわりに現在おこっていることのすべては我々大衆が望んだからそうなるのだと言ってのける。それが嫌だから自分は抗うのだとも。権力者のせいでもマスコミのせいでもなく、まさしく我々が望んだ結果がいまの世界なのだというのは、もしかしたら世の中でもっとも厳しく鋭い批判なのかもしれない。まず我々はこの批判を正面からうけとめる必要がある。その意味では我々が無意識のうちに隠蔽してしまっているいのちの問題、被差別部落の問題を扱っている本書を読んでみるのもいいのかもしれない。ちなみに森さんの作品で一番好きなのは、「職業欄はエスパー」である。

いのちの食べかた 森達也著 ISBN4-652-07803-X 

オヤジ国憲法でいこう! / しりあがり寿/著 祖父江慎/著 100%Orange/装画・挿画

最近、さまざまな媒体から自分の好きなことを真剣に取り組み、そこから喜びを見出す事が、正しい生き方なのだと脅迫を受けているような気になる。(特にヤングジャンプなどの漫画がひどい)。ニートへの国策なのだろうかと疑ってしまう。たぶんに被害妄想もあるだろうが、世の中には、特に若年層に対して、正しい生き方とはかようなものであるという圧力が厳然としてある。もちろん正しさの中身は時代によって変わってはいる。今はやりなのは個性を活かしてやりたいことに情熱を傾けるといったところだろうか。だが、いつの時代もその正しさの枠からはみ出したものは辛い。そんな悩み多き人々の助けになるのがこの本である。世間が押し付ける正しさなどは全ていい加減なものである。オヤジ達はそう言ってくれる。オヤジが言うように、人生とはそんな大それたものではなく、なんとなく過ぎ去っていくものなのだろう。ただ、若いうちからこう達観してしまうのは問題のような気もする。まあ、この感覚自体が、もうすでに、若者にしかけられた術中にはまってしまっているのかもしれないのだが・・・・。


オヤジ国憲法でいこう! しりあがり寿+祖父江慎著 ISBN4-652-07813-7  

非常に興味深く読んだ。テレビに出てはマラソンまで走ってしまう弁護士がいるなかで、彼のような信念をもって取り組む弁護士もいるというのは不思議な気がする。刑事事件や死刑囚の弁護というのは最も大変であろうと思う。本のなかにはたびたび真実という言葉が登場する。ある人を殺害したということは事実でもそこにいたる心情や行動は、検察が指摘するような短絡的なものではなく、深遠な複雑なものであり、それを解明することが重要であるという主張だと解釈した。私も検察のでっちあげによる冤罪はもっての他であり真実の解明は不可欠だと思う。しかしそれでもまるで霧で視界が遮られたかのように私の思考をあいまいにするのは、事実の前における真実の意味である。ある人がある人を殺害したとするならば、これが突発的か否か、生い立ちがどうであったか、どんな心理状態であったか、これらは刑を決めるうえでは重要なのだろうが、殺人という事実の前でどれ程の意味をもつのか、わからなくなる。題名からもすべての人に生きる権利があり、誰にも守ってもらえない最も弱い存在である被告人を守りたいという姿勢はよくわかるのだが、それでも真実とはなんなのか、考えれば考えるほどわからなくなる。


「生きる」という権利 安田好弘著 ISBN4-06-212143-3


角川oneというシリーズのコンセプトなんだろうが、わかりやすいが物足りないというか、緩い感じがした。たとえば、私にも記憶があるが冒頭に羽生氏が若い頃に年長者を差し置いて対局で上座に座ったエピソードが述べられている。私としては羽生氏がなぜそうしたのかが知りたいわけだが、ここには価値観の違いとしか述べられておらず掘り下げが弱い。ただこれらは書き手の問題というよりはシリーズのコンセプトの問題だろう。昨今は、こういった手軽に教訓が得られたり、ノウハウが蓄積できたりするこの手の書籍が人気だが思考の入門書としてはよいが、多くの読者の思考がここでとまってしまうのはいかがなものか。本書も昨今のそういった流れを意識し編集されたものだろうが、そこは羽生氏、きちんと釘をさしてくれている。「近道思考で簡単に手にいれたものはもしかしたらメッキかもしれない。メッキはすぐに剥げてしまうだろう」(ちなみに、余談だがメッキが剥げるという表現に業界からメッキは簡単には剥げないと抗議の声があると何かで読んだきがする)


決断力 羽生善治著 ISBN4-04-710008-0