「雨ニモマケズ」を知らない人はいなくても、

この詩がどんな心情から生まれたのか知らない人は多いのではないだろうか。

作家としてというよりもセールスマンとして、その短い生涯を終えた賢治。

私は、この本を読んで、より親しみを感じたし、改めて彼の作品を読んでみたいと思った。




生前に原稿料を受け取ったのは、わずかに一回。

「愛国婦人」に掲載された「雪渡り」に対して支払われた五円のみ。

原稿の売込みなど、職業作家になるための努力は惜しまなかったのだが、

ついに職業作家にはなれなかった。

資産家の家系に生まれた賢治の生涯を顧みると、

転職を見つけるための闘いだったように思われる。


教職という恵まれた職を辞し、羅須地人協会を創設して挫折。

病気になり、最後に挑戦した東北砕石工場の技師兼セールスマンの仕事も

中途でやめざるを得なかった。

「自分の築いてゐた蜃気楼の消える」のを見続けたのが賢治の生涯だった、と言えなくもない。

理想を抱き、現実に立ち向かっては、次々に打ち砕かれていく。

そんな賢治の姿に、痛々しささえ覚える。

だが、そんな賢治だからこそ、作品が人の心を打つのではないか。