頭上での忍び笑いの気配に、俺はハッと口許を引き締めた。
が、遅かったらしい。
「休日出勤の翌日だというのにご機嫌ですね。なにか良いことでも?」
知らず知らずのうちにどうやら思いだし笑いをしてしまっていたらしい俺へと笑みを含ませたまま訊ねてきたのは俺の秘書である島岡だ。
コイツも同じく昨夜、休日出勤の深夜残業コースだったくせに。
嫌味なほどいつもと何一つ変わらない爽やかさ
だ。
島岡とは長い付き合いになるのだが、こういうところが胡散臭いと感じてしまう。
「・・・・別に。」
良いことなんて。
昨夜はトラブル続きで。
締めには厄介事に出くわして。
そして、やけに生意気な黒猫を拾ってしまった。
それだけだ。
ホットミルクで眠ってしまった黒猫、いや、少年をどうするべきか・・・。
迷った末、ソファーへと寝かせた。
彼は余程疲れていたのだろう。
朝までぐっすりと眠っていた。
朝食をテーブルに並べているところに彼が目を覚ました。
ぼんやりと辺りを見回す彼に声を投げ掛けた。
「おはよ。朝メシ、食ってけよ。」
ビクッと彼の身体が強張って、大きな瞳が俺を見詰めた。
それから、ほっと力が抜かれる。
「・・・ごめん。寝てた?」
「ああ、ぐっすりな。別にいいさ。ところで、身体、大丈夫か?」
「えっ?」
俺の何気ない質問に彼の顔が再び強張った。
「いや、ソファーに寝かせたけど、身体痛くないかと、さ。」
床よりはマシだろうとの判断だったが。
更に、まさかベッドで一緒に寝るよりは(精神的に)断然マシだろうとの判断の上でもある。
「ああ、全然。」
俺の質問の意図を読み取って、彼が小さく笑った。
「あんた・・・やっぱり、いい人だな。」
不意打ちのその笑みは少しだけ寂しげに見えて。
俺は胸を突かれた。
「俺、崎 義一。ギイって呼べよ。あんたじゃなくてさ。」
またまた大きな瞳が驚きの色を浮かべて俺を見詰める。
「・・・・なんかガイジンみたい。」
ポソリと呟かれた言葉は俺には照れ隠しのように聴こえた。
「ああ、俺、クォーターだから。」
「えっ、そうなんだ。」
ストン、と。
俺の言葉をそのまま受け入れる彼に。
―――少しだけ心が弾んだのは確かだけれど。
「ギイ、また笑ってますよ。」
横から島岡に指摘されて、俺はまたもや口許を引き締めた。
「笑ってなんかない。」
次の書類の束を手に取りながら島岡へと言い返した。