Oちゃんが学校に来てなくて、私は少し心配になったが、
『そりゃ休みたいよね、私だって行きたくないもん。私も休めばよかったー。でもまた明日来るかな』
と軽く考えていた。
次の日、私はまた学校へ行った。
すると、Oちゃんは欠席だった。
帰って母に報告した。
お節介かもしれないが、私はOちゃんの家に電話した。
私『どうしたの?』
Oちゃん『お腹痛くて、頭も痛くて』
私『そっか。早くよくなってね』
と言って電話を切った。
次の日も、その次の日も。
Oちゃんは、二度と学校に来ることはなかった。
2、3ヶ月して担任からみんなに、こう報告があった。
『Oさんは、自律神経失調症という病気になり、学校に来られません』
と。
担任に腹が立った。
悲しかった。
担任に怒りをぶつけたかったが、11歳の私は、大人に反抗するような真似はできなかった。
怒りと悲しみを堪えながら、私は毎日学校へ行った。
それから数ヶ月して、また担任からみんなに報告があった。
『Oさんは、膠原病という、自分の体を自分で傷つけてしまう病気になり、入退院を繰り返しています』
と。
当時その病気のことは私はよく分からなくて、どんな症状に苦しんでいるのかも全く知らなかった。
薄情だった。私はお見舞いにも行かなかった。
今でも、とても後悔している。
私は、私で、必死に前を向こうとしていた。
クラスで仲良くしてくれるグループもできた。
担任にもこれ以上嫌われないよう、
クラスでも浮かないよう、
目立たぬよう過ごしていたと思う。
そして、6年生になる4月の始業式。
担任が変わるかなと期待していた。
が、まさかの持ち上がりで、クラスも担任もそのままで6年生になった。