記念すべき5月1日はガイドさんと四天王寺さんにおまいりに行ってきました。
こちらもちょくちょく、縁ができまして最近よくおまいりしてます。
四天王寺さんの何がすごいかと感じるのはこの都会にあってこの中はガッツリ聖域なんですね。
ここを選んで今も保っている場を選んだ聖徳太子は凄すぎます
話はとびますが、実はあまり結婚していると思われておらず(笑)実際、まったく家事はできてません^^;苦手なのもあります……家事できる人、ほんまに尊敬します……(;・д・)
今日は彼のことなどを。
私は彼は亡くなった父が連れてきたんだな~と思っています。
彼はあんまりこう、人と関わるのは得意ではなく、愛想もハッキリ言ってそんなに良くない……挨拶きちんと明るくできる人って本当に人生においてすごい援護あります、ハッキリ言って。
ちなみに彼との結婚は母は反対してました。兄も微妙。
母の反対理由は田舎の長男だし、年下だし、何より無愛想すぎる………(`Д´)
気の利いた言葉は言えないし、母は接客業していたから余計、目についたんでしょう。
私も実はその時、仕事が楽しくて結婚する気はまったくなく、独身を貫くつもりでした。母との二人暮らしも楽しかったし。
でもなぜか、トントン拍子に進んだんですよね~。
結婚して3年後に母が検査入院した結果、ガンとわかり、お医者さんから兄と二人ですぐに呼び出されて母の余命宣告を受けました。
兄は私以上に超マザコンの母大好きな人なので、かなり辛かったと思います。
泣きたいけど妹の私の前では兄の役目をきちんとしたい思いからずっと天井見上げてこらえてました。
尊敬する兄の話もまた、機会があれば。
主治医の先生に今回は検査入院なので一旦、お家に帰っていただいて動ける今の間に家族で思い出をつくられてください……
兄と私は、母は山登りも大好きで健康に気をすごく使っていたし、何より憎まれっ子世にはばかると言うぐらいに思っていて、長生きする人だと思っていました。
今となっては色々、わかることがあります。
母は余命宣告1年が年内に秋からお盆にとだんだん、短くなっていき、お盆を迎えることはなく、お盆前に亡くなり、私が最後を看取りました。
彼が1番早くに着き、兄、お嫁さんと着いた時に彼が
先に家に帰ってる
………ええ??(ノ_・。)??
私が悲しくてシクシク泣いてる時にサラッと。その時は
……なんでやねん………普通、傍におらんかあ??………(T^T)
兄はお通夜やお葬式の準備が。
兄と私は母が亡くなったらすぐにお葬式会場に行くのではなく、大好きだった家に連れて帰ろうと決めていました。
母を連れて帰った時に
夜なのに誰もいない実家に明かりがついていて
玄関をあけて彼が待っていてくれたのです
母のためにきちんとおふとんも敷いてくれて
母のためにごはんも炊いて親戚やご近所の人も来るだろうから お茶も湧かして
母を待ってくれていました
28才の年齢で自分が彼のようにできるのかと思うと絶対できない
そこまで気が利かないし
そんなこともわからない
本質的にすごく大事なことを
彼を育ててくれはったご両親に感謝と
彼を連れてきてくれた父に感謝
毎日 私の両親の御仏壇にもきちんとお線香を上げてくれて
だから別に愛想悪くても
世渡り下手でも
私に対してはもう 一生分を尽くしてくれたと感謝してもしきれないです
結婚前に彼の家に挨拶行く前に
なぜか伊勢神宮に挨拶してから行こうと
紋帳が思いっきり風が吹いて
あいたあの日
大丈夫
上手く行く
と言われた気がした
まだ なにも 神仏や不思議な体感を
知らない時でしたが
最近 本当に
すべては
繋がっている
と日々 感じて過ごしています
ブログを初めたのも結婚記念日も5月1日でした
ここまで読んで下さりありがとうございました(≧▽≦)❗❗
今日も明日も笑顔で~(≧∇≦*)❗❗


