震災7年。あれから7年。「雨ニモマケズ」の歌を被災地に届けて7年が経ちました。振り返れば2011年4月、震災1カ月で初めて被災地に入ったのが、福島県いわき市。津波のギリギリのラインに加えて、放射線の影響が残る厳しい状況。ジェリー藤尾さん隊長のもと、いつもお世話になってる長沢純さんをはじめ、総勢30名ほどでいわき市に入り、数百人分の炊き出しと歌を届けました。自分は餅つきなど、慣れない手つきながらみなさんに喜んでいただいた思い出。そして避難所になっていた体育館でのコンサート。歌手の方も多くいたのでそれぞれの歌、自分は「雨ニモマケズ」を歌いました。その時の中学生との会話が忘れられません。「他にもたくさんつらい人がいるから、もっと雨ニモマケズを歌ってください」・・・ その言葉を胸に、それからも三陸の普代村をはじめ、久慈、釜石、宮古などに何度も何度もコンサートなどで。「心の復興」を願う想いを届けてきました。現場に立たないと分からない、いろいろなこと。未だ数万人の方々が仮設での生活が続く今、復興の道のりはまだまだこれから。風化や無関心という敵と戦わなければいけない被災地です。その後も地元九州をはじめ、各地で起こる災害。いつ自分の身に降りかかるか分かりません。地震を人間の手で止めることはできなくても、絆を強くしておくことはできます。災害の時に本当に味方になるのは、繋がってる心だと思います。自分は「雨ニモマケズ」を各地で歌うことによって、少しでも復興のお役に立てればと、今も変わらず思っています。自分の力は悲しいくらい小さいけど、皆さんの心を繋ぐことで力を得たい、そんな想いでいます。間も無く迎える2:46。一日も早い復興を、心から、心からお祈り申し上げます。

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