多分、めちゃくちゃ長いし、波動が重くなると思うけど、
形に残したいから書く。
私ね…、「死」っていう事は、別れや終わりとは捉えていない。
姿が見えなくなっても、心の中でその人を生かす事はできると思っているから。
嬉しい事、幸せな事、楽しい事、こういうのを感じた時に
「お~い、今幸せだよ。シェアしよう」っって、ずっとしてきてるから…。
この日記は、長いから、読むのしんどくなったら見るのやめてな。
昨日ね、父が帰って来て、元気がなくて、
「〇〇さん、亡くなったらしい…。」って言ったんね。
この方は、父の長年勤めた職場の先輩でもあり、父と同郷の先輩でもある。
私は、前職場で一緒に働かせてもらってた人。
仕事にまじめで、頑固で厳しくて…みんなから嫌われてたん。
でも、私にとっては、支えてくれて優しい人だった。
父は、あの人は嫌われると分かってても、嫌な役を引き受ける立派な人。
って言ってた。私たち親子でね、尊敬してた人。
でもね、私が、前職場を辞めるってなってから、
態度が急変してしまったん。
私の家の近くに頻繁に来たり、後をつけてたり、
他のスタッフと話していると怒って
その後電話が来て3時間くらい怒鳴られ続けたり…。
前職場を辞めてからは、みかん取り行ってたら、休憩場所を誰かに聞いて
その休憩場所に急に来たり…。
すごく怖かった。だんだん嫌だ!って思うようになった。
その人とね、最後に連絡取ったのは、2月。
「体調不良で仕事を辞めました。」ってね。連絡来た。
なんの病気かは教えてくれなかった。
「1時間だけでもいいから、時間があれば会ってほしい。」
って言われた。
だけど、私は怖かった。
だから、まずは、元気になる事ですよ。また連絡します。って返したのが最後。
4月中旬くらい、その人が気になって仕方がない日があった。
でも、私は、その人の執着の念だ!!と思ってね
「あっち行って!」「離れて!」「来ないで!」って拒絶したん。
それからね、何度か気になる日はあった。その度に拒絶した。
いつ亡くなったのかも、定かではないし、何も分からない。知らない人ばかり…。
全職場の人に聞いても、誰も知らない。
実際亡くなっているのかも正直分からない。
だから、メール送ってみたけど送れなかった。携帯も繋がらなかった。
もう、使われてなかった。
きっと私に会いに来てくれたのに、知らせに来てくれたのに、拒絶してしまった。
怖い。嫌だ!って気持ちが強すぎて、拒絶してしまった。
だからね、昨日、その人に心の中で、
「ありがとう。って言いたいのに、見送りに行きたいのに、どうすることもできへんの?」
って聞いてみた…
そしたら、「すまんかった…。」って一言返ってきた。
笑いながら、「すまんかった。」って、言うん。
私も謝った。拒絶してすみませんでしたって。
そしたら、
「もし、来てくれるんやったら、高野山にしてくれ。
今はまだやけど…。ちゃんと知らせる。
ほいで、高野山に88か所参りのお地蔵さんがあるから、
俺、一か所残して、あとは、現地に参ってるから、そのお地蔵さんに手を
合わせて、俺の変わりにご利益受け取れ。」
「お前は、すぐに無理するから、無理だけはするなって伝えたかった。」
「お前は、もう十分に頑張って来てるから、そろそろ幸せになれよ。」
「お前は、娘みたいなもんや。」
「泣かんでいい。泣かせでいい。元気出せ。」
って…。
こんなん言われたら、余計に辛くなるやん。
怖くなって嫌ってしまった私が悪いのに、拒絶した私が悪いのに
辛い時に、心細い時に会ってあげなかったのに…
私、助けてもらってばっかりで、何もしてあげれなかった。
それやのに…
なんで、なんで、こんな優しい言葉を私にくれるん…
オロナミンCかってそう…。
仕事終わりに、私が好きなの知ってるから、
わざわざ、パチンコの景品をオロナミンCにして持って来てくれたり…
この間、親友がオロナミンCを珍しくくれた。
あれもそうなんやろ?
気付いて欲しかったんやろ…それやのに、私、顔は浮かんだけど拒絶した。
いっぱいサインくれてたのに…気づくの遅かった…。
申し訳なくて、申し訳なくて…浮かぶ顔が笑顔になってて
辛すぎて…。
挙句に、こんな私の幸せ願ってくれてて…。
こんなにいい人を私は、拒絶した。
こんなの悔いがすごくて、辛すぎる。
今は、正直、辛すぎて、申し訳なくて…
まだ、私の心の中で生きている・一緒に生かすとは今は思えない。
おじいちゃんとかの時、辛いより、
よし!おじいちゃん!これで自由やな。
一緒に楽しいことしていこうな!って、別れっていう感じに私は捉えない。
だけど、今回は、違う。
けっこう、辛いわ。
んでさ、こんな日に限って天気いいしさ、ベランダに蝶々飛んでくるしさ、
優しすぎるんよ…。それが、また辛い。
昨日から、号泣しっぱなしだわ。