何があっても「大丈夫」をじぶんの内側にこしらえとくのだ。
保険だけじゃなく。
そんな想いでいるひとがじぶんの心から望むほうへ進むきっかけへのヒントみつかるとよいなと願い
をしていこうとおもいます
なんのこと??
と思ったならば前回の
植栽のお手入れで定期的におじゃましているおうちで遭遇したアノ巣
のほうものぞいてみてくださいな
まずは経緯を少しだけ
発見したとき
そこにはすでに7匹の働きバチがいまして。
駆除したほうがいい??
しないほうがいい??
という話になり
まずはご本人がどうしたいのか?を整理するために
アシナガバチさんの習性を調べてみました。
巣をがっちり抱えてそれぞれの持ち場?でじっと幼虫を守る姿が愛おしくもみえる。
画像あらいな。。
アシナガバチは基本的にはおとなしくて臆病な性質。
キケンを察知すれば巣を守るために攻撃的になることもあるけれど
こちらから何もしなければとくにキケンなことはないとのこと。
じゃませずせっと見守っていられさえすれば
このままでとくに問題なさそうということがわかりました。
敵対視しながら子育ての邪魔されればそりゃー攻撃したくなるのもわかるし
私たちにんげんだって子供を守るためにはつよきものにも立ち向かおうとするもんね。
って話ながら
駆除せず巣立つまで見守りたい
というご本人の希望も確認できたところで
このローズマリーの木は蜂たちを刺激しない程度にお手入れしながら
現状を守ることとしました。
それから数ヶ月
働きバチの数がどんどん増えていく様子を観察していた中でのつい先日のこと。
あんなにたくさんだったアシナガバチさんたちの姿は1匹も見当たりません。
巣立ちにはまだ少し時期が早いこともあり
スズメバチさんに見つかってしまった??
あれこれ想像してみるも
留守になってる理由はさだかではないけれど
という結果を信じることとしましたよ。
いずれにしても
アシナガバチさんたちとここまで一緒に共生することができたことを振り返ってみたとき
不安やきょうふの正体って
「よくしらない」ことなんだとあらためておもいました。
「よくわからないこと」に対して漠然とした不安やきょうふを持ったままでいると
過剰な備えに不要なおかねやじかんを使うことにもなりかねないと感じました。
どちらの選択であっても
不安の対象をわるものにするのではなく
その対象と「どうしたら安心して向き合えるか」の道をじっくり探ってみることで
良き流れは自らつくっていけることを今回のことからも実感しました。
蜂といえばこわいもの?
びょうきになればこまるもの?
なぜそうおもうのか?
そこに勘違いや誤解はないか?
怖い、こまる、と感じる理由を明確にできたなら
「自分にとって」何をどのように備えるのが最善かがすんなり見えてくるように思います。
蜂だけでなく
さいがいや、不慮のじこやびょうきも。
仮に何かがあったとき
お金で解決できることはあるけれど
世の中にあるあらゆるものは
お金だけでは解決できないことのほうが大半だったりもする。
あんしんをつくれるのは結局
「じぶん自身の内側にすでにある安心生むもの」を思いだすことが近道なのではないかと感じます。
なんの疑いもなく何の根拠もないままに
認知症ややまいをおそれて「事前の準備が肝心」とやっきになってた時期がサイタにはあります。
その後めでたく(と今なら言いいたい)かぞくの介護ややまいと直面して
何かを排除したいと感じるきもちの先にある
「備える」という概念に違和感おぼえるようになりました。
話が脱線してきたので
なんでめでたい?って話はまた次回にでもすることにして
肝心の答えあわせですよー![]()
アシナガバチはキケン?
どうでしょう?
にサイタが出した結論は、
まったくもってキケンじゃない。
ただし
自分のこころの向きと
それにあわせた行動次第でキケンにもなりうる。
それは蜂だけに限った事ではなく
私たちにんげんの自然との向き合いかたがこたえを決める。
きめたとおりにちゃんとそうなる。
思考はやっぱり現実になる。
今ふとおもいだしたけど
ムツゴロウさんこと畑正憲さんがトラやクマとじゃれあってたあの姿
そこにすべての答えがあるのかもね![]()
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意識を不安ではなく安心に向けて行動すればいつだってきっと
しあわせの種だけが花をさかせる![]()
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きょうもきのうより。
今がさっきより。
ほっとするひととき積み重なることで
あなたとわたしと
それぞれの大切なひとたちが
「大丈夫」につつまれますように。
きょうもあしたもあさってもみんなにとっての一期一会が
それぞれにとってのすてきなものであふれますように

