やってみたいけど、なかなかね
って声がどこからともなく聞こえてくるとき
さいたも以前からきになってるけど
なかなかね〜と見送ってきたことだったりする。
きになってるのに
放置する時間
ながびかせればながびかせるほど
どこまでも
もやもや積もっていくばかりよね、無意識にもきっと。
そんなわけで
誰かとサイタの
やってみたいけどできずじまいでいることが重なったもの
かたっぱしからやってみようと思い立ったのであ〜る
(笑)
記念すべき第一回目は〜
(ここにドラムロールいれといてちょーだい
)
トイレ掃除は素手でするといいことだらけらしいよ〜というあのうわさの真相にせまる
の巻
いま、畑の一角に小屋を建てるお手伝いしていて
トイレをどんなのにしようか〜
という話になっていたタイミングで
そんな話がでて
その場にいた全員一致で、
それきになる〜
となったので。
さっそく実験&検証中です。
開始して2週間くらい経った今の感想は
想像以上に
きぶんそうかい

はじめの2〜3回くらいまではちょっぴり抵抗感あったけど、
今となっては元に戻る理由みつからない
一定期間は退路断つために
今まで使ってたブラシを処分してから始めたんだけど
なにが爽快かって、
まずは濡れたままのブラシを置いておかなくてすむこと。
床に何もないってきもちいいですね〜
そして
陶器ってこんなにうつくしかったのね〜
ってくらい
つやッつやッ
のぴっかぴか
になること。
ブラシって細かいところ届かないし
ほとんどみがけてなかったんだなっておもった。
その布で便座→ふた→便座裏→便器内側を拭きあげ→処分、の流れで実施中です。
そして。
始めてから今日まで
良いご縁に出逢う機会ふえてるし
良きこといろいろ起きだしている実感がある
継続していく中で
どう変化していくのか、いかないのか
何があるか何もないか、ぜんぶは未知だけれど
とにもかくにもやってみないとわかんないなら
やってみないのもったいないとはやっぱりおもう。
よきことあったといってもさ
トイレがどうとか
素手だからどうとか
だいじなのはきとそこじゃないとかころにあるんだろうな
とも思う。
何をするかはなんだってきっとよくて
きぶんいいこと選択すれば
きぶんいい現実が連鎖して起きだす。
そっちをみぬふりしたままがまんを続ければ
がまんという感情に見合った現実が増えてくる。
それだけのようにもおもう。
なにごとも人や環境によるとろで
向き不向きも当然あるだろうけど
だからこそ
たとえ
ちょっとなぁ〜って
はじめは抵抗感じることも
きになるのならひとまずやってみて
きぶんいいなら継続して
やっぱり違うとおもえば即やめたらいいだけなんだし
どっちにしても
もやもや引きづらない選択していくことで
結果よりもなによりも
やってみたあときぶん晴れたら
連鎖うまれていいこと増えていくはずだもの
「よくわからないもの」に対して
ばくぜんと不安やもやもやもったままでいるのは
なんにしたってもったいない。
むかしさいたがいろんな不安に対して過剰な備えしてたのも
そのあと現実に起きたとき
不安の連鎖からぬけだせずにいたのも
きになってることにちゃんと向き合おうとせずにいたからだと
今になって思うのです。
そう。だからなのだ。
誰かとサイタの
やってみたいけどできずじまいでいることが重なったもの
かたっぱしからやってみようと思い立ったのであ〜る
やってみよう♪のよき連鎖が
あちこちにうまれたらいいなぁ〜
という願いもこめて
ブログのタイトルもかえてみた
(元のタイトル「はじめの3秒大事に生き抜く練習帳」も想いは変わらず同じ)
そんなわけで
心機一転記念すべき第一回目は
やってみたらここちよかった♪
となりましたとさ
とにもかくにもひとまずやってみてくださいな〜
はじめの数回は抵抗感もたのしんでみてくださいな〜
そして
それぞれにそれぞれの感じかた、いろんな感想、きいてみたいなぁ〜
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きょうもきのうより。
今がさっきより。
ほっとするひととき積み重なることで
あなたとわたしと
それぞれの大切なひとたちが
「大丈夫」につつまれますように。
きょうもあしたもあさってもみんなにとっての一期一会が
それぞれにとってのすてきなものであふれますように

