和泉唯信先生は徳島大学の神経内科の教授です
神経内科ではたまにお見かけする、実家がお寺の先生達のお一人です。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)診療に関する不屈の熱意をお持ちの、厳粛な雰囲気の先生で、「直美」の反対側にいらっしゃる、徳の高い先生。
わたし自身ははもちろん「直美」要素は一切ない、後ろ暗いことは何一つ無いはずなのですが、この先生の前では、ヒポクラテスの誓いを顔に貼り付けて、しかめっ面をして座しておかねば、という気分になります。
和泉先生には底の浅さを知られたくない、のかな?
見栄を張ってもしょうがないんですけどね。
まあ、そんな和泉先生が登場するドキュメンタリー小説を最近読みました。
「七帝柔道記」。「七帝」は「ななてい」だった
「しちてい」だと思ってました。ずっと。
それはさておき、この本によると「七帝戦」は、「七帝柔道」から始まったとのことです。そして「七帝柔道」とは、練習量がすべてを規定する超超超過酷スポーツでした。
まず、我々がオリンピックで見ている柔道の試合とルールが全然違うのです。
おおざっぱには・・・
15vs15人で勝ち抜き戦をして、最後に勝ち残っている人間がいるチームの勝ち。
引き分ければ両チーム選手交代になるので、おおむね引き分けを目指し、一人でも勝ち抜ければよし、という感じです。
七帝でしか行われていない柔道。
ですから、競技人口は推して知るべし、であります。
七帝の柔道部員たちは、柔道というメジャー武道でありながら、脚光を浴びることもないジャンルにその大学生活を捧げます。
そして、「練習量がすべてを規定する」と自らを定義してしまったがために、部員たちは追い詰められてゆきます。
この本の舞台は北大ですが
部員達も「北大に来てまで、なんでこんなきつい練習しかしない大学生活なんだ」とずーっと苦しみながら年に一度の「七帝戦」にむけて練習しています。基本的に練習中に毎回失神してますし、耐えきれなくなった部員は次々に部を去って行きます。
この、きつい環境から徐々に人が減る感じ、、、我々の業界で言えば、胸部外科、脳外科のことを思い出させるものであり、なんともいえない苦しい気持ちがこみ上げます。
和泉先生は、この北大柔道部の3年生として登場します。
序盤、初対面の新入生である筆者に放つ一言。
「目立つもんだけが偉いとはわしらは考えん。
むしろ目立たんもんのなかに本当の貢献者がおるんで」
最高です!
もうこの台詞にかぶって「地上の星」が流れたよね!!
♪地上にある星を誰も覚えていない
みんなそらばかりみ-てるー♪
・・・和泉先生は、こんなに若い学生の頃から既に徳が高かった!!
のでありました。
そして登場する名古屋大学
筆者は初めての七帝戦で、最後に名古屋大学と対戦します。そのとき、名古屋大学の選手や監督の異様な雰囲気を目の当たりにします。
試合中に声を出して指示をしたり応援したりすることは全くなく、静かに座して試合をじっと見ている、どんな状況でも、負けそうでも、とにかくじっと静かに見ている。
筆者はこのことを不思議に思い、折々に周囲の人間に理由を尋ねますがだれもその訳を知りません。
そしてその理由はラストシーン、部誌「名大柔道記」に寄稿された記事を読んでいるときに明らかになります。
この部分は、本当に感激しましたし、ネタバレよくないのでココにはとても書けません。
この超超超マイナースポーツに青春を掛けた若者へ送るメッセージでした。
このSNS時代にあって、自分のこころを守るために持っておきたいマインドセットだと思いました。
名古屋大学はよい大学
わたしなどに言われなくとも、もちろんそうです。
上記の七帝柔道に関係するエピソードも素晴らしいですが、ノーベル賞の小林・増川理論の素地となった、名古屋大学だけの予想があった、という話も好きです。
和泉先生と、七帝柔道と、名古屋大学が大好きになった1冊でした。