友人の望診をさせてもらいました。
その友人から1年ほど治らなかった吹き出物が5日で…という連絡をもらいました。
   
私が観させてもらった時には、
すでに脱皮が始まってるように見えていた。
だから、私が何かしたわけではない。
というかそもそも、望診しても、私には何もできない。
    
相手がどう受け取るか、何をそこから選択するか
選ぶのは、選び方もその人次第だから。
ただ、私は観えたことを伝えてるだけ。
    
強制やコントロールしてた過去もある。
だけど、それだと相手の自己治癒能力は働かない。
私が強制という名で押し込めてしまう。
私が治す意識を手放す事で、何もしないことで
相手の自然治癒力が生きるんだと思う。
      
    
体って本当にすごいんですよ。
その人のために、いつも全力。
それが、その人に伝わらなくて切ないこともある。
だから、体の声を一緒に聞いています。
本当は、自分で聞けるから、私はただいるだけなんだけれども。
   
細胞にとっての神様は、その人そのもの。
私達にとっての大いなるものと、同じ。
   
これまで通り、
顔や爪や身体の外側の情報から、身体の内側の状態を見ていく望診を行っていきますが、
昨年から気になってる「望神」にシフトします。
    
【望神:神は、広義の神と狭義の神に分けられる。広義の神とは、人体の生命活動の総称であ り、人体生命活動の現れであり、すなわち生命である。狭義の神とは、人体の精神活動であり、精神・思惟・意識・記憶・睡眠などが含まれる。望神はこの二つの神を含む。】国際伝統中医学協会HPより。
   
つまり、その人の中の神である「いのち」「意識・精神」を観る。
今年からセッションでも、既にやってることなんだけれどね。表立っていうと、それ期待されるの怖いんですよ(笑)
   
正直、目に見えるものだけ(望診)を扱う方が楽ちんだから、望診って言ってる方が。だって、望神なんて教えてるところないし。習ったことないし、って怖さの声が漏れ出る。
だけど、目に見えないもの(望神)までも扱うことを、ちゃんと伝えていく。だって、目に見えないものも症状を引き起こしてるから。
それを伝えるのが私の役割だと思うから。
その責任に立とうと思います。