タイトルの通り、古文の<今昔物語>ではなく。
最近、家族の間でひとつの話題で話し合いが多くあり。
それは、墓じまい![]()
日本中でこの作業をしている人も多く。
我が家もその作業をしたらどうか![]()
京都と東京の2拠点生活。
京都の総本山に墓所がある我が家。
関東のどこかに移すこと、あるいは、本当に墓じまいする2つの選択肢。
色々な寺院に電話問い合わせしてみたり、墓じまいについて調べたり。
それで今と昔の考え方が大きく違う事に気が付き。
その違いは![]()
昔は、死者にお金を掛けることに違和感なく。
今は、死者にお金を掛けることは、最低限でいいと。
それを墓じまい専門業者から話を聞いて、違和感を覚え。
総本山以外の寺院は、ほとんどが個人経営となり。
問い合わせた寺院が悪かったのか分からないけれど。
数件は、お金主義![]()
お布施や開眼供養の相場は
と聞くと
3~5万円ですが5万円を考えて頂けたらと・・・・・
3万円はダメなんですか
と私。
20万円も包んでくる方もいるんですよ、とお寺側。
寺院といえども個人経営、経営も大事だと思うが。
何とも言えない感情になり、電話を切る。
その感情は、仏教校の私が教わったこと。
それは、死者を冒涜するものは、生をも軽んじる、という言葉。
「死者については善を語れ」・・・これに近いと
亡くなった人については悪く言わず、敬意を保てという意味。
生きている者優先は、私もよく理解出来るのだが。
判断が難しい内容だと。
個人経営になる末端の寺院は、やはり総本山に負ける、というのが私の感想。
結論、今はまだ現状維持、京都で。
今は、解決できないのが現実。
それぞれの家と送る側の価値観が反映する事実。
事実だけを今回は、書くことに。
色々書くと違った方向へ行くと困るので。
それぞれが考えて答えを出せばいいのかと思ったある日のひとコマ。

