ガイエスブルク要塞でキルヒアイス上級大将が亡くなった。


 この要塞は、元々は・・・貴族連合軍の本拠地として使われていた要塞で、リップシュタット戦役終結後、要塞
内にいた多くの貴族連合軍の将兵達は、元帥である、ローエングラム侯の陣営に投降した。
 そして・・・そのさなかで、悲劇が起きた。


 リップシュタット盟約の盟主であった、ブラウンシュヴァイク公の部下だったアンスバッハ准将は、服毒自殺をした盟主の遺体をローエングラム侯に差し出して命乞いをすると見せかけて・・・侯に襲いかかろうとし、それを阻止しようとしたキルヒアイス上級大将が、まるで身代わりのように・・・暗殺された。
 戦役の最後の最後になって・・・最悪の事態になった。


 キルヒアイス上級大将閣下は、ローエングラム侯の幼い頃からの親友だとかで、その死にショックを受けられて、侯は遺体が安置された部屋に閉じこもってしまわれた。
 立ち直って頂かなくてはならぬ・・・と、ローエングラム侯の配下の将兵の一部が、急遽、帝都オーディンに戻る事になった。


 
 ロイエンタール艦隊でも、数隻の足の速い高速艦が集められ、私の乗艦である「スクルド」もオーディン行き
の一団に選ばれた。
 オーディンに急遽戻る明確な理由は分からなかったが、「元帥である侯爵の為」だと言われれば拒否は出来な
いし、私も侯には立ち直って頂きたかったので、逸る気持ちでオーディンに向けて艦は出航した。
 そして、続けざまに2回ほどワープをしたところで・・・。



 「アーレンス大尉、悪いがちょっとこっちに来てくれ」


 通信士の私は通信機器の点検中に、艦長のマティアス・ベルナー大佐に声を掛けられ、慌てて点検をやめて艦長席まで行った。
 艦長の顔色が悪いので、私は何事かと思った。  


 「艦長、何かご用でしょうか?」
 「あぁ・・・済まないが、これから、ダンゲルマイヤー少佐について行くように」
 「はい」
 
 私が頷いて副長のアロイス・ダンゲルマイヤー少佐の方に目を向けると、少佐は自分の席から静かに立ち上が
った。
 そして、艦長の前に立つ。
 何かの包みを艦長から手渡される少佐。


 「それでは少佐・・・。後の事は宜しく頼むぞ。この件に関しては卿の好きにして良い。・・・一任する」
 「はい、艦長。どうぞ小官にお任せ下さい。それでは、アーレンス大尉・・・付いて来てくれ」


 私は慌てて少佐を追ったが、一瞬、戸惑いを覚えた。
 何故なら・・・少佐があまりにも無表情だったからだ。


 「ダンゲルマイヤー少佐、何かあったのですか?」


 私は不安になって声を掛けたが、少佐からの返答は無く、ますます不安になった。
 少佐はどんどん歩き続け、促されるままに入った艦内の一室。
 そこは、問題を起こした兵士を一時的に監禁する為の独居房だった。


 「あの・・・?」


 こんな場所で何をするのだろう?
 私が何かを言いかける間もなく、少佐に何かを押しつけられた。
 ごく弱い電流が身体を駆け抜ける。
 一瞬、ビクンとした私は動きを止められ、少佐によってあっという間に手錠を掛けられた。
 少佐が手にしていたのはスタンガン。
 弱い電流の為に・・・私の意識ははっきりしていたが、一体何が・・・。


 「少佐!これは一体何の真似ですか!!?」


 私は驚いて叫んでいた。
 自分の身に何が起こったのか・・・全く理解出来なかったのだ。


 何故、手錠を掛けられねばらなぬ??
 何故、スタンガンで痛めつけられねばならぬ??
 私は目を見開いて自分の手にかけられた手錠を見つめ、そして、少佐に対して怒りを覚えた。
 理由もなく・・・このような暴挙に出る事に対して・・・。


 「アーレンス大尉。・・・いいかね?手荒な事はしたくないので静かにするように」


 スタンガンを使った上に、手荒く手錠を掛けた事を棚に上げ、少佐は私を見つめた・・・氷のように冷たい視線で。


 「まず・・・単刀直入に言うが、リヒテンラーデ公が逮捕されたそうだ。そして、一族全員の逮捕も決定したそうだ」


 少佐は口の端を歪めて、私の大伯父のリヒテンラーデ公の逮捕と、一族全員が逮捕されると告げたのだった。
 
 「・・・理由は??一体なぜそのような事態に・・・」
 「詳しい事は知らされていないが、通達が届いたのだ。それによって、この艦にもリヒテンラーデ一族がいる
と判明した訳だ。・・・それは卿の事だが、艦長より、卿の身柄拘束を任せられたのだ」


 私は先程の、少佐と艦長の会話を思い出した。
 艦長は“一任する”と言っていて、確か少佐は“お任せ下さい”と話していたはずだ・・・。
 つまり、艦長は・・・拘束やら、色々な雑務を少佐に丸投げしたのだ・・・自分の手を汚す事無く。
 私は見捨てられたのだ・・・上官から。


 それは・・・私を取り巻く環境が大きく変わった瞬間だった。
 あまりにも劇的な変化・・・。
 その変化に私はついて行けず、暫し思考が混乱していたが、ハッと我に返ると重要な事を思い出した。


 「少佐!艦長に・・・いえ、ロイエンタール提督に会せて下さい!これは何かの間違いだ・・・大伯父上が逮捕などあり得ない!それにこの艦隊での小官の働きも考慮して・・・」
 「多分無駄だ。・・・提督は会わぬだろうよ」
 「何故です!?」
 「考えてもみるのだな。我が艦隊がこれから何をしようとしているのかを。この艦は、いや・・・我が艦隊は、
リヒテンラーデ一族を捕らえる為に派遣されるのだ・・・卿は何も知らなかったかもしれぬがな」
 「まさか・・・そんな・・・」
 「皮肉なものだな。自分の一族を捕らえる為に・・・いや、自分自身を捕らえる為に乗っていたのだからな。そ
れに・・・卿だけを助けても何の意味も無い。ローエングラム侯に申し訳が立つと思うか?それでは軍としての統制が取れなくなる」
 「しかし・・・何もしていないのに・・・」
 「残念だが、大事の前の小事という事だ。・・・頭の良い卿なら理解出来ると期待する」


 少佐の言葉はあまりにもショックで、私は震えながら俯いてしまった。
 その瞬間に、少佐は私の口に猿轡を噛ませた。
 多分、自殺防止の為だろう・・・。
 私は観念して・・・その場に立ち尽くしていた。
 ・・・と言うより、事態の変化に付いて行けず、立ち尽くすしか出来なかった・・・が正しい。


 
 2時間ほど前、艦長のベルナー大佐はロイエンタールから提督から極秘通信文を受け取っていた。
 そこには、リヒテンラーデ公逮捕の件と、その一族の1人である、ニクラウス・フォン・アーレスンス大尉に関する情報が書かれていた。
 即ち、「アーレンス大尉を拘禁せよ」とあったのである。
 大佐が知る限り、アーレンス大尉は真面目な士官で、人当たりも良く、部下の面倒見も良かった。
 少なくもとも・・・大貴族にありがちな嫌味な印象を受けた事が1度も無い。
 それを捕らえねばならないとは・・・大佐は頭痛を覚えた。


 自分で事を起こす事を躊躇った大佐。
 そこで、彼が白羽の矢を立てたのは、副長のダンゲルマイヤー少佐であった。
 ダンゲルマイヤーは・・・アーレンス大尉が大嫌いだったからだ。
 今まで直接苛めたりはしていないが、何かの折に彼がそう話しているのを聞いていた。
 だから・・・大佐は、これ以上の適任者はいないと判断したのだった。



 ニクラウス・フォン・アーレンス大尉は現在27歳だ。
 ダンゲルマイヤーが27歳当時は・・・未だ中尉だった。
 彼が大尉に昇進したのは30歳を過ぎてからで、35歳になって漸く少佐に昇進した。
 現在39歳のダンゲルマイヤーは、家柄も良く、また容姿も優れた大尉が生理的に嫌いだった。


 アーレンス大尉は暗褐色の髪に濃緑色の瞳の美丈夫で、ダンゲルマイヤー少佐よりも10センチ以上も身長が高く、引き締まった均整の取れた体型である。
 そして、アーレンス男爵家の嫡男でもあった。


 優れた容姿や家柄など・・・ダンゲルマイヤーが持ち得なかった多くのものを持っている大尉が憎らしかった。
 しかも、貴族にしては素直で真面目な性格で、人望も厚い点も鼻についた。


 ダンゲルマイヤーは未だ独身である。
 女性に全く縁が無いのは、容姿や体型のせいだと思っている。

 今まで、何度女性に声を掛けても「気持ちが悪い」とか「その顔で?」とか言われて、まともに相手にされたためしがない。
 それならば・・・と、男性を相手にする夜の商売の女達に近付いてみた事もあるが、これまた、あからさまに容姿を笑われた事があり、それからはすっかり女性不審になり、女性に不自由しない男性が大嫌いだった。


 だから・・・本当の事を言うと、艦隊の司令官であるロイエンタール提督の事も苦手なのだが、優れた上官であるが故に妬ましい思いは逆に昇華され、ロイエンタールに関しては嫌悪感を抱いた事は無い。


 けれど・・・。
 同じ艦橋内にいるアーレンス大尉は目に付き過ぎた。
 いつだったか、アーレンス大尉が自分の事を馬鹿にしている所に遭遇した。
 ダンゲルマイヤー少佐がトイレに入っている時に、アーレンス大尉は、アイブラー中尉に「あんな顔の男と結婚したがる女性はいまい。せめて十人並みなら良かったのに。それにあの体型もマイナスだな。髪も薄くなっているし・・・。俺が女性なら絶対に付き合いたくないタイプだ」と言って、2人で笑いあっていたのだ。


 あまりに悔しさにダンゲルマイヤーは歯噛みをし、トイレ内でうち震えていた。
 そして、アーレンス男爵家の嫡男だと知ってからは、一層、腹立たしく思い、いつかギャフンと言わせたい・・・そう思っていた。
 その矢先に、降って沸いたように、監禁の話が出たのだった。


 アーレンス大尉の処遇について、全て任せると艦長から言われた時は小躍りして喜んだ。
 リヒテンラーデ一族の今後については更に通信が来る事になっていたが、あの目障りな男を公然と苛める事が出来るのだ。
 これほど愉快な事は無いではないか・・・。
 ダンゲルマイヤーは、「精神的に痛めつけてやる・・・」と低く笑いながら呟いた。


 艦長から渡された通達書類には、アーレンス大尉には腹違いの兄がいて、つい最近、家督を継いでカルシュン男爵となった事も書いてあった。
 どちらも“男爵”にゆかりのある男。
 ダンゲルマイヤーはベルナー大佐に確認し、この兄を捕らえるのも、自分の率いる隊が行いたい旨を申し出た。
 兄弟を同時に捕らえたい・・・少佐の心の中は、どす黒い焔がメラメラと燃え上っていた。


 ベルナー大佐はどうしたものかと、暫く思案していたが、それも許可した。
 どちらにせよ、カルシュン男爵は捕らえなければならぬ人物だ。
 それに、カルシュン男爵家の本邸はオーディン市内にあり、捕らえるのに大して手間取らないと判断したからだった。


 艦長のベルナー大佐から許可が出た。
 ダンゲルマイヤーは愉快でたまらなかった・・・思わず、笑みがこぼれる。
 7歳の時に、貴族の起こした交通事故で両親とも失い、彼は親戚中をたらい回しにされた。
 事故を起こした相手は名門の男爵家の嫡男で、その男の父親は公になると家名に傷がつくからと、ほんの少しの賠償金を支払っただけで謝罪すらなかった。
 せめて葬儀に出て欲しいと男爵家に行った叔父は「平民風情が何を言うか。金を支払っただけで全ては解決済みだ!」と追い返された。
 しかも、叔父は男爵家の用心棒の男達から手荒な暴行を受け、全治三か月の重傷を負ったが、その件に関しては知らぬ存ぜぬで、1帝国マルクも支払われなかった。


 賠償金は叔父の治療費に消えてしまい、アロイス少年はそれからずっと、幾つもの親戚の家を転々とするようになった・・・それは士官学校に入学するまで続き、自分の居場所と言うモノがまるでない生活を強いられており、やっと自分の居場所を見つけたのは、少尉として任官した後の事だった。
 だから・・・ダンゲルマイヤー少佐は、自分の子供の頃の幸せを奪ってくれた“男爵”という“貴族”が、貴族の中で一番嫌いになったのである。


 カルシュン男爵をも子の手で捕らえる・・・愉快痛快だ。
 名のある貴族を公然と痛めつけられる機会など、早々あるものではない。
 この機会を逃したら、一生あるかどうかすら分からない。 
 そして、大嫌いな男の兄となれば・・・何とやり甲斐があるのだろう。

 ダンゲルマイヤー少佐はほくそを笑み、監禁場所としてこれ以上ない場所を用意し、まずはアーレンス大尉に対して、トコトン屈辱を与えてやる事にしたのであった。



 後ろ手に手錠を掛けられ、口には猿轡。
 食事は全く与えられず、点滴による栄養剤の投与だけだった。
 そして、栄養剤だけではなく、何か別の薬物が点滴に混ぜてあるように思えた。
 何故なら、身体がどうにも気だるく、動こうにも億劫な感じですぐに疲れてしまうからだ。


 何故、こんな事になったのだ?
 私は何の為に軍人になったのか・・・こんな・・・こんな筈ではなかった。

 ロイエンタール提督に直接会って説明を求めたくとも、それを認めてもらえず、私は狭苦しい独居房の中に監禁されていた。
 マジックミラーになっているこの部屋の中からは外の事は全く分からないが、外から中は丸見えで・・・プライバシーはそこにはなかった。


 この部屋の中にあるのは硬い寝台と、粗末な木のテーブルと椅子、それから小さな便器。
 便器は薄汚れていて、仕切りは無い。

 不特定多数の人から排泄行為を見られるなど・・・つらく恥ずかしい。
 人間扱いされない、あまりにも屈辱的な扱いだった・・・。


 私は子供の頃から軍人に憧れていた。
 戦艦の模型を幾つも持っていて、宇宙へ行ってみたい思いが強かった。

 私が士官学校に入学する際、母は「何も軍人などにならなくとも・・・」と言っていたが、私が12歳ぐらいの時から、我が家の経済状態は悪化の傾向にあった。


 資産家だった父の遺した遺産はとうに底を尽き、なのに、母の浪費癖は直らなかった。
 だから・・・私は母の反対を押し切ってでも、士官学校へ進学を決めたのだった。

 士官学校に入れば、勉強をしながら給与も支払われる。
 私1人分の食い扶持が減れば、その分、母の生活はラクになるだろうと私は考えていたのだ。

 それに、母の窮乏振りを見かねた元夫のカルシュン男爵の援助もあり、私は家の事を考えずに軍人への道を歩み始めた。
 近い将来、いや、遠い将来かもしれないが、母の亡き後、アーレンス男爵家を継がなければならぬその時まで、私は軍人として生きていく事を覚悟していたし、これが天職だとも思っていた。
 そして、母の為に給与の大半を仕送りし、恋愛らしい恋愛もせずに慎ましく暮らしていたのに・・・。


 一族全てに逮捕状が出たという事は、カルシュン男爵家の当主になったばかりの兄上やその家族、そして我が母上も連行されるのだろうか・・・。
 母上はどうされているのだろう?
 不安と恐ろしさに震えておいでなのではないだろうか・・・。
 私は無性に母に会いたくなった。


 監禁されて最初の内は、貴族らしく潔く命を絶つ事を考えた私だったが、母の顔を思い浮かべると踏ん切りがつかず、悶々とするばかりだった。




 何時間・・・いや、何日間そこにいたのだろう?
 窓もなく、時計もないその場所で、私の時間に対する感覚はすっかりおかしくなっていた。


 無表情の衛生兵が点滴の道具を片付けて部屋を出て行って・・・多分、30分もしなかったと思うが、急に数人の男達が部屋に入って来た。
 私はその男達を見た事が無かった。
 軍曹の階級章を付けた彼等は、いきなり私を押さえつけて、私の肩や胸にあった階級章を強い力で毟り取った。
 相手は屈強で人数も多く、抵抗すら出来なかった。
 屈辱的な扱いと理不尽さ。
 抗議したくとも猿轡を噛ませられた私は声も出せず、男達を睨み付ける事しか出来ない。


 「悪く思わんで下さいよ。俺達だって・・・上から命令されてやっているだけなんでね」


 多分・・・その通りなのだろう。
 下士官の彼等は、私の監禁理由など知らされていないに違いない。
 軍では、上からの命令は絶対で、逆らう事は・・・反逆罪だった。
 第一、私ですら、明確な監禁理由を知らないのだ・・・彼等が知らなくても当然だった。

 それに、彼等に怒りをぶつけるのはお門違いだと分かっている。
 だが、誰かに怒りをぶつけねば、心がポッキリと折れて、発狂しそうなくらい私は追い詰められていた。


 「・・・出ろ」
 「え??」
 「聞こえなかったのか?出ろと言ったんだ。どうやら、オーディン宇宙港に着いたらしいな」


 その言葉で私はオーディンに着いた事を知ったのだった。
 男達に促され、私はやっと監禁場所から解放された。
 艦内の個室に立ち寄る事を許され、私は父の形見の品だけをポケットに入れて、ダンゲルマイヤー少佐の元に行かされた。


 艦内の通路を歩きながら・・・無意識に肩と胸に手を当てる。
 階級章があった場所は大きく引き裂かれ、布がささくれ立っていた。
 私は改めて軍から追われる身となった事を自覚せざるを得なかった。

 
 私の姿を見ると、ダンゲルマイヤー少佐は「これからある場所に移動する」とだけ告げ、私は少佐の後ろから付いて行った。
 勿論・・・手には重たい手錠を付けたまま。
 他にも数人が私を取り囲んでいる・・・逃亡させない為に。
 通路を歩き始めてすぐ・・・。


 「大尉!何があったのですか!!」


 そんな声が私を見つめる幾重もの人垣の中から上がった。
 声の主は、士官学校時代の後輩のゲアハルト・アイブラー中尉だった。
 士官学校時代から何かと面倒を見た関係で、すっかり意気投合し、当時から2人で行動していたものだ。
 彼は平民だったが、私にとっては彼こそが『親友』と呼べる存在だった。
 そして・・・同じ艦に勤務していたのだ・・・私は通信士官の1人として、彼は砲術士官の1人としてだ。
 今も・・・公私に渡って深い付き合いをしていた。


 「少佐。アイブラー中尉と話をさせて下さい。おそらくこれが最後でしょうから」
 「分かった。許可する。ただし、すぐに終わらせろ」


 「アイブラー中尉・・・元気でな」
 「アーレンス大尉・・・一体、何があったのです!?」
 「卿が・・・私という人間がいた事を覚えていてくれれば・・・それでいい」
 「・・・それは・・・」
 「それに・・・生きていればきっとまた会える」


 私は親友に向かって敬礼をした。
 この時、私はまだ・・・自分の未来がじきに閉ざされるなど想像もしていなかった。
 逮捕されて、収監されるだけだと単純に考えていたのだ。

 

 高速艦の「スクルド」はオーディン宇宙港に到着し、私は待ち受けていた護送車に乗せられた・・・ダンゲルマイヤー少佐も一緒だった。

 護送車の中で、ダンゲルマイヤー少佐は漸く、私の行き先が「治安維持局第13号獄舎」だと私に告げた。
 それを聞いた瞬間に、私の未来への扉が・・・閉ざされた事を悟った。


 そこは生きて帰れない、この世の地獄・・・。
 そう噂されている曰くつきの獄舎である。
 多種多様な拷問がまかり通る所だと聞いた事があった。
 自白をさせる為なら、使用が禁止されているサイオキシン麻薬も使うし、火責め、水責め、針責め・・・ありとあらゆる拷問が行われると・・・噂されていた。
 悪い事ばかりする子供に「第13獄舎に連れて行くぞ」と言えば、ピタリと悪さがおさまると言われるほど、子供でも恐れるその場所・・・。
 そこに連れて行かれると聞いて、私は自分の考えの甘さに気付いた。


 少佐は私をそこに送り届けた後すぐに、今度は兄のカルシュン男爵家に行くと言う。


 兄は穏やかで心優しく、使用人達にも慕われている。
 義姉も貴族にしてはどちらかというと地味な人で、「私はね、華やかなパーティーよりも子供達と一緒にいる方が楽しいのよ」と言うほど、家庭的な雰囲気の人であった。
 夫妻の幼い2人の子供はどうなるのかと思ったら、子供も例外なく連行されると聞いて私は憤慨した。
 人道的見地から言っても、それは許すべからず蛮行である。
 だが、私の抗議に対して少佐は鼻で笑った。


 「文句があるのならリヒテンラーデ公に言うのだな。全ての元凶はリヒテンラーデ公にあるのだ。元帥閣下や上級大将閣下を恨むなど筋違い、論外だな」


 私は恐ろしくなった。
 母上も同じ場所に収容されるのだろうか・・・?
 年老いた母には、あの恐ろしい獄舎はおつらいだろう。
 私は母の身を案じ、少佐に一族の女性達の処遇を尋ねた。


 「一族の女性達の処遇だと?ほう・・・誰か気になる人でも?」


 知っていて聞くのだ・・・嫌味な笑顔を張り付けて。


 「あ・・・いえ・・・母が・・・」


 私がそう答えると、少佐は急に、にっこり微笑んだ。


 「残念だが、13号獄舎に行くのは10歳以上の男子だけだ。女性と女児、10歳未満の男児は全員、辺境の流刑地に送られる」


 少佐は笑顔を貼り付けたまま、涼しい顔で答えた。


 「辺境の流刑地・・・年老いた者もか!?」
 「ほう?急に激昂するとはな・・・そんなに母親が気になるか?いい年をしてマザコンとは恐れ入ったな・・・」

 少佐の嫌味に私はますます腹立っていた。

 「マザコンだと・・・いい加減な事を言わないでもらいたい。言って良いい事と悪い事が・・・」
 「でも事実だ。卿がマザコンなのは・・・な。これは卿を監視していた兵士の証言だ。寝言で何度も『母上』と言っていたと聞いたぞ?そういう事を言えば、自ずとその人物の為人が分かるものだ。自覚しているかどうかは別として、卿は立派なマザコン男なのだよ」


 その瞬間に私は赤面した。
 認めたくはないが、私は今まで母を守るようにして生きて来た。
 私が軍人という職に就いたのも母の為であった。

 だが・・・それのどこがいけないのだ?
 私は息子であり、老いた母を庇護し、扶養するのは責務であろう。
 後ろ指を指されて笑われるなど・・・心外であった。 


 
 オーディン宇宙港から第13号獄舎まではかなりの距離がある。

 私はくたびれて、口を利く気力も萎え果てていた。
 少佐も無言になり、車内は静寂に包まれた。

 私は心の中で母の身を案じ、兄上やその家族に心を馳せた。



私は・・・アスターテ会戦ではフォーゲル中将の部下として参戦し、会戦終結後に中尉から大尉に昇進した。
 そして、フォーゲル中将が戦後に退役なさったので、その後の人事で、ローエングラム侯の部下の1人であるロイエンタール提督の艦隊に配置換えになった。


 フォーゲル中将はアステーテ会戦後に、急死されたお父上の後を継いでフォーゲル子爵になられていた。
 そして、彼もまた、アスターテ会戦のローエングラム侯の采配を目の当たりにした事で、リップシュタット戦役ではいち早く、ローエングラム陣営を支持していた。
 私はアスターテ会戦時の司令官であったローエングラム侯の手腕には本当に舌を巻いたが、あの采配振りを見れば、フォーゲル子爵がローエングラム陣営に付くのは当然だと思った。

 姉君が皇帝陛下の寵妃であった為に、“スカートの中の大将”だの“金髪の孺子<こぞう>”だのと揶揄されているが、ローエングラム侯は卓越した戦略家であり、凡人は足元にも及ばないほどの力量意を持った人だった。
 だから・・・私は配置換えを素直に喜んでいたし、兄にもローエングラム侯の素晴らしさについて語ったものだ・・・。


 だが・・・こんな風にバッサリと切られるなんて・・・。
 私が一体、何をしたと言うのだ??

 そもそも、大伯父上の罪とは何だ?
 私は大伯父上をそれほど良く知っている訳ではないが、大罪を犯すような人にはとても見えない。
 私は何故だか分からないが、この件の裏側には大きな陰謀が働いていると思った。
 そして・・・その為に、リヒテンラーデ一族が“スケープゴート”として抹殺されるのだと。

 私は自分が如何に甘かったかを思い知った・・・。



 母は私に家督を継がせたかっていた。
 だが、私は宮廷に伺候したりするのが嫌で、退役を口にする母に「軍人は天職なのですよ」と言っては逃げていた。
 軍にいさえすれば、宮廷闘争とかそういうモノとは無縁でいられると思っていたのだ・・・。
 あまりにもおろかな・・・。
 だが、軍人でいなかったとしても・・・リヒテンラーデ一族ならば、同じ運命を辿るのであろう・・・。
 ローエングラム侯やロイエンタール提督を知っていて同じ職場で喜んでいたなんて、本当にタチの悪い話だ。
 いっそ、そう言った事を知らない方が良かった・・・。

 そして、私の心の中に悲しみだけではなく、怒りが湧き上がっていた・・・。


今まで信じて来たものが砂の楼閣の上に建っている、危なっかしい代物だったと気付かされたと同時に、心から信望していた人達に手ひどく裏切られて見捨てられた、悔しくて悲しくてやりきれない思い。
 彼等からは何の説明もなく、弁明する機会さえ与えられない。
 一族全員と言う事は・・・多分、その中にはコールラウシュ家や、ハーゲンベック家、ディングフェルダー家も入るのだろう。
 皆・・・どうしているのだろう?

 

 こんな理不尽で非道な事をして覇道を成するのなら、ローエングラム元帥閣下も、ロイエンタール上級大将閣下も地獄へ堕ちるがいい・・・。
 叛乱軍との戦闘で命を落とすなら諦めも付くが、同胞からこのような扱いを受けようとは夢にも思わなかった・・・。


 我らがヒリテンラーデ一族はこの仕打ちを忘れる事は無いだろう。
 この先、処刑されるか、一生獄の中で送るかは分からないが、彼等よりもヴァルハラの門に集結し、固く門を閉ざし、彼等が来た時には地獄への道を進むように仕向けよう。
 いや・・・この世で惨めな死を与えたい。
 私はそう・・・呪わずにはいられなかった。


 静寂とは裏腹に私の心の中には怒りの焔が燃え盛っていた。
 そして、無意識のうちにスラックスのポケットをまさぐっていた。


 艦内の個室に置いていた、私の数少ない私物の1つ・・・父の形見の品だった。
 何とか持ち出せた父の形見は、恐ろしく古い懐中時計で、地球時代の品との事だった。
 恐ろしく値が張るそうで、屋敷が数軒も買えるほどのモノだと聞かされていた。
 あの浪費家の母が処分をしなかったのは、父の遺産の中で、これが最後の品で、私に受け継がせたかったからだと聞いていた。


 実に不思議な事だったが、私が監禁される前までは動いていたそれは、監禁を解かれて戻った時には全く動かなくなっていた。


 

 それはまるで、すぐそこに迫った未来の私そのもの・・・。
 ・・・私は心の中で嘲笑するしかなかった。


 


Das Ende



 
 100のお題より、「壊れた時計(アーレンス編)」です。

 ちゃんと「時計」繋がりで纏め上げました。
 
 カルシュン男爵の話を加筆修正中に、ふと頭に浮かんだのが、ニクラウス・フォン・アーレンスという青年。
 浪費癖のある母親を心配する心優しき青年です。

 そして、悲しいかな・・・皮肉な事に自分を逮捕する為にオーディンに行ってしまった彼。

 
 カルシュン男爵編で横柄な態度を取っていたダンゲルマイヤー少佐は、アーレンス大尉が大嫌いなんですね。
 因みに、ダンゲル君と、カルシュン男爵は共に39歳なんですね。

 ダンゲルマイヤー少佐が何故そこまでこの2人を嫌うのかの理由も・・・ここで明らかにしました。


 ニクラウス君は、貴族にしては人当たりが良かったようで人望も厚く、容姿端麗で長身で細身。
 ダンゲルマイヤーは、これとは正反対だと思って下さい。
 人望はまぁ、そこそこでしょうが、背が低く、顔もあまり良くなくて、ちょっとメタボで髪も薄い・・・そりゃ、劣等感を持つかしら?
 性格・・・歪んじゃってます。
 しかも、昇進スピードが、アーレンス大尉の方が早い。
 下手すりゃ、いつか逆転されてしまう可能性だってある訳で・・・こんな奴の部下になりたくない!!って思いもあったのでしょうか。
 そして、幼いころの体験が、ダンゲルマイヤーの性格を、より歪めてしまったのでしょう。


 しかし、女性に縁が無いのは、ダンゲルマイヤーもニクラウス君も一緒なのだけど、ダンゲルマイヤーはタチが悪いよね。
 劣等感の塊でさ。


 性格が良かったりしたら、その辺りを評価してくれる女性もいそうですが、顔も体型も、その上、性格まで悪かったら、女性は嫌がるでしょうね。

 それに、こういう人に限って・・・理想の女性のタイプが高かったりするんですよ。
 美人がいいとか、ナイスバデーの人がいいとか、若い人がいいとか・・・要求が高いのね。

 難しい問題だわ・・・この辺りは。
 
 さて、ニクラウス君の親友ですが、ゲアハルト・アイブラー中尉。
 大して出せませんでしたが・・・名前がちょっとね・・・。
 前に読んだ本に出て来たドイツ人の名前がアイブラーさんでね。
 スペルはどうなっているのか・・・うーん・・・「I」で始るのか「E」で始るのか分かりませんが・・・。

 日本語の見地から並べ替えると「アイラブー」になるんだな、これが・・・。
 英語の「I Love」です。
 キャハハハハハ・・・。


 まさか、ニクラウス君とゲアハルト君が、アレやコレの関係ではないと思いますが、最後に挨拶なんか交わしちゃっているからアブナイ関係だったら面白いかな・・・って。

 そこは勝手に妄想しちゃって下さい・・・腐女子なら食いついてくれそう??
 だってさ・・・。
 戦艦なんて閉ざされた空間で、しかも野郎ばっかり。
 何かヘンな事が起こってもおかしくないんでないかい??←実際、あるって聞いた事が・・・え?


 きっとね、ニクラウス君は先に獄舎に着いて、それから兄を待つのだと思います。
 そして・・・夜明け前に、一族の男性の15歳以上は射殺されます。
 カルシュン男爵の10歳のヨーゼフ君は、それから7時間後に、他の10歳から14歳までの少年達と毒ガスで処刑される。


 ヨハン・ゲート少尉が手記の中で書いているとおりです。


 さすがに、アーレンス編では、最後まで書くのはエグイので、ニクラウス君が獄舎に到着する前に終えてしまいましたが・・・。


 ロイエンタールの死や、ラインハルトの死が・・・リヒテンラーデ一族の呪いだったら??

 それはそれで・・・ホラーですね。


 まぁ、この作品もその内に加筆修正したりなんかして。


 あ、そうだ。
 一族の中に、コールラウシュの名前を出せて良かった・・・。
 ハーゲンベック家、ディングフェルダー家は、どうなの??


 ・・・際限なく、物語が作れそうだ。


 「リヒテンラーデ一族の光と影」とかいう本を書けそうです。←え?







  



夕方、自転車を漕いでいたらば、ガタッと音がして、左側のペダルが、根元から外れて、道路に転がりました…。

足を乗せるとこじゃなくて、根元からなので、が~ん!です。

近くに自転車屋さんはないし、とりあえず拾ってハメましたけど、部品が飛んだのか、漕げなくなったので、押して歩きました。

結構な距離…。

いい運動にはなりましたが、明日、修理に出さないと。

携帯電話の修理といい、師走は忙しいです、ホント…。







 激しい銃声と、ビリビリと鼓膜に鳴り響く爆発音・・・。

 そして、身体に感じるズシリとした地響き・・・。
 やがて、それに重なるように大勢の人間の怒号が漆黒の闇夜に突き刺さるように響き渡った。


 そびえ立つずっしりと重い鉄の門と、重厚かつ豪奢な造りの玄関扉が瞬く間に破壊される。
 その異様な物音と重なる叫び声に、眠りについていた下男や侍女達・・・使用人は飛び起きた。

 夜番で起きている者以外、寝間着姿のまま、血相を変えて使用人部屋から飛び出した。


 まるで戦争でも起きたかのような凄まじい状態の玄関。

 いや、実際に戦争は起きている・・・。

 それは、遥か遠い銀河の果てで・・・であったが。

 だが、この帝都オーディンの中心部、特に名門貴族の屋敷が立ち並ぶ地区では、今まで戦争の気配など感じた事がないほど静かなのだ。

 それが一体全体・・・。

 何が起ころうとしているのか・・・使用人達は、ただただ震え慄いていた。



 「一体・・・こんな時間にここを何だと・・・!名門カルシュン男爵邸ですぞ!!誰の断りでこのような無体な・・・!」


 銀ぶちのモノクルを付けた、威厳が服を着たような老執事が乱入者である軍人達に、喉を掘るような鋭い声でな叫んだ。

 彼は何事が起ったのか理解出来ずにいた。

 恐ろしさを押し隠す為に、何とか気持ちを奮い立たせて彼は必死に叫んでいたのだ・・・。


 老執事は、代々、この家に仕えている。

 彼がこの屋敷で働き始めたのは15歳の時で・・・。

 それからも、もう既に半世紀が過ぎ、この家の事を、ご主人様以上に知っていると言ってもいいほどだ。

 実際に、男爵自身、家の事で何か分からない事があると、老執事に訪ねる事が良くある。

 そして訪ねられた方は、すぐさま対処出来るので、この屋敷内では重宝されていたのである。


 真夜中の乱入者・・・。

 老執事には、こんなに時間にこのような訪ね方をする者は軍人でもならず者だと思った・・・。

 名門の男爵家に対して不当であり、あり得ない仕打ちである。

 ここは・・・貴族の屋敷であり、カルシュン男爵家の本邸なのだ。


 「な・・・あなた方は何という事をなさるのか!」


 名門に仕える自分としては、このような乱暴な事に耐えられず、大憤慨し、軍人達を猛然と非難した。


 カルシュン男爵はとても優しい人で、夫人も穏やかな人だから、この屋敷中の使用人達は夫妻を慕っていた。

 夫妻は、大貴族にしては珍しく細やかな心遣いをしてくれる。

 使用人達が病に罹ればすぐに医者を呼んでくれたり、彼等の子供達の誕生日にプレゼントを包んでくれたり。

 そして、俸給も他の家に仕える者達よりもはずんで下さるので、本当に仕え甲斐のあるお屋敷なのだった。



 そんな、男爵家に、強面の軍人が大挙して乗り込んでくるなどあり得なかった。

 全く最悪な事態であった。

 ましてや・・・このような真夜中に!

 玄関ロビーの、年代物の巨大な柱時計の針は午前2時を少し過ぎた時間を指していた。

 老執事は、キイキイした声で、銃を片手にドカドカと歩き回る軍人達に、「お・・・おやめ下さいっ!!」と叫んでいた。



 集団の先頭にいた軍人・・・少佐の階級少を付けた、小柄で、でっぷりとした体格の男は、叫び続ける執事の顔を一瞥し、口の端に笑みを浮かべた。


 「執事殿、どうかお静かに願います」

 「あなた方は・・・ここが何処だかお分かりなのですか!?」

 「そう・・・興奮なさらず。血圧が上がりますよ?我々は、ここがカルシュン男爵家だという事は重々承知しております」
 「な・・・!分かっていてこんな無体な事をなさるのか!?こんな夜更けに何と非常識な・・・!」
 「申し訳ないが、たった今から、ここは銀河帝国軍によって拘束されます!何人も、無駄な抵抗はされませんように願います!」


 彼は手にしていた書類を高々と掲げた。


 「これがお分かりですかな?」
 「それは・・・」
 「カルシュン男爵一家の逮捕状です。勿論、正式な・・・ね」

 「逮捕状・・・?」

 「ええ、お疑いなら、軍務省でも、統帥本部でも尋ねてみれば良い。れっきとした事実ですからね」


 少佐は、自分よりも背の低い老執事を小馬鹿にしたように見下ろした。

 “逮捕状”と聞いて、老執事は一瞬言葉に詰まり、大きく目を見開いた。



 「まさか・・・そんな・・・」



 全くもって信じられなかった。

 カルシュン男爵が逮捕・・・あの、ご主人様が何か重大な罪を犯されたのだろうか・・・??

 老執事は、頭の中が混乱していた・・・本当に信じられなかった。


 「早く家人を探し出せ!」


 少佐が声を発した瞬間、彼の後方に控えていた兵士がどっと邸内に踏み込む。


 「隅々まで捜すのだ!」

 「我々を恐れて隠れている可能性もある。クローゼットや収納庫も全て開けて確かめろ!」


 軍人達は口々に叫び声を上げる。
 幾人もの軍靴の音。
 それが、深夜の邸内に異様に響き渡った。
 あまりの出来事に老執事は驚いて動けなくなり、その場で震えるばかりだった。


 他の使用人達も真夜中の乱入者達に怯えてその場に立ち尽くす。

 茫然自失の体でその場に立ち尽くしていたり、ブツブツと何かを呟いたり。

 皆・・・ひどく動揺していた。

 侍女達は腰が抜けたのかその場にへたり込み、数人で肩を抱き合いつつ、泣き出してしまっていた。
 そして、一体、何が起こったのかと、その目に恐怖の色を浮かべる。
 

 老執事は震えていても始まらぬと、腹にグっと力を入れて背筋を伸ばした。

 彼は意を決して、やっとの思いでリーダーらしき少佐に声をかけた・・・。


 「ご主人様を逮捕されると言われるが、これは一体何事なのですか?」

 「・・・実は、先ほどリヒテンラーデ公が拘禁されましてね」

 「え・・・公爵閣下か・・・」

 「それで、一族であるこちらの男爵にも逮捕状が出たのですよ。あなた方は・・・1時間以内に荷物をまとめてここを出られた方が得策だと思いますよ。男爵に忠誠心を誓って残っても構いませんが、それはあまり利口とは言えないでしょうな。助かりたいのならすぐにここを出て行きなさい。尤も、忠誠心を出して、男爵と一緒に捕まりたいなら別ですがね」


 その言葉を聞いた瞬間に、使用人達は我先にと走り出した、この場から逃げ出す為に。
 老執事は一瞬は迷いを見せた。

 だが、我が身の可愛さの方が勝ったのか、彼もまた他の使用人達に続いて走り去った・・・。


 「ふん。あれほど叫んでいたが、最後まで仕える忠誠心は無し・・・か」


 使用人達の滑稽な姿に少佐は苦笑した。


 「ダンゲルマイヤー少佐!男爵一家を発見致しました!全員寝室にいました!」


 1人の士官が走り寄る。

 任官し立てのゲート少尉だった。


 「よし、すぐに彼らを居間に集めるのだ!すぐに連れて来い!」

 「許諾<ヤー>!」


 少尉と数人の兵士達がバタバタと、ロープやスタンガン等を手にして寝室に向かった。


 やがて、大きなマントルピースのある豪奢な居間に、ここの主であるカルシュン男爵とその妻、2人の子供・・・娘と息子が集められた。

 4人とも、豪華な絹の天蓋付きの寝台から引きずり出されたのだ。


 事態を飲み込んでいないのか、それとも恐怖感からか、茫然自失の一家。
 自殺や大騒ぎを恐れて猿轡をかまされ、後ろ手に縛られた一家であったが、部下が使用人が屋敷から全員出て行った事をダンゲルマイヤー少佐に報告すると、伯爵と子息の猿轡
のみが外された。
 妻と娘は寝台から引きずり出された時に恐怖から気を失っていた。

 軍人達に乱暴に担がれて部屋に放り出されてぐったりと床に横たわり、だらしなく伸びていた。

 2人とも蒼白であった。
 猿轡が外され、まだ子供である子息は、怯えた目で、軍人達を見つめていた。


 「一体何が・・・」


 怒りを含んだ男爵の瞳・・・だが、軍人達は動じなかった。


 「リヒテンラーデ公が逮捕されたのですよ。それによって、一族全員の逮捕状も出たのです。まことにお気の毒ですが」
 「・・・大伯父上が、まさか!?それに一族全員逮捕!?分からぬ・・・一体、どういう事なのだ!」


 リップシュタット戦役で、自分達は貴族連合軍には与しなかった。
 カルシュン男爵家ではどちらに付くか迷ったものの、宰相の地位にある総本家筋であるリヒテンラーデ公の口利きで帝室側に付いた。
 自分達は正当なる皇孫を皇帝に戴く大義名分を要しているので、ローエングラム候の陣営に就く事は正しい判断だと思ったからだ。
 リヒテンラーデ公の血縁者は皆、ローエングラム候の陣営に与し、幼い皇帝陛下の御為にと私財を投げ出す者もいたほどだ。

 カルシュン男爵家でも、地方の領地の一部を帝室に返納し、リヒテンラーデ=ローエングラム枢軸に与していた。


 それに、リヒテンラーデ一族の中には幾人か軍人もいて、全員、ローエングラム候の側についていた。

 男爵の腹違いの弟のニクラウス・フォン・アーレンスもその1人で、確か・・・ロイエンタール艦隊にいるはずだった。


 一族の全てが帝室側に付いた。

 資産をも拠出した。

 だからこそ大規模な粛清を免れて、戦役後には、帝室によって領地も資産も護られて安泰になるという話だったはずだ。
 それなのに帝室側に付いたリヒテンラーデ公が逮捕拘禁など、何かの間違いではないのか?
 しかも一族の全てが逮捕などとは・・・あり得ない!!

 全くもって、何かの間違いではないのか!?


 離縁された後に再婚していた、カルシュン男爵の母親も、この戦争の為に私財の一部を軍に拠出していた。

 そして、その母の息子、即ち男爵の腹違いの弟はロイエンタール艦隊に属し、確か高速艦の「スクルド」で、通信士官として勤務をしている。 


 「何故・・・どうしてこうなるのだ!?私は軍の為に金を出した。後ろ暗い事は何もしておらぬ。私の弟だってロイエンタール艦隊にいる。それに、大伯父上とて、逮捕される謂れなど無いはずだ。・・・何かの間違いではないか?」
 「賢明なるあなたであれば説明などせずともお分かりでしょうが、現法においては、重い罪を犯した者の一族は、皆、悉く罪の償いをせねばなりません。・・・で
すから、あなた方も、すぐにここから出て頂きます」
 「こんな夜中に押しかけて・・・私達を脅すつもりか!そもそも・・・大伯父上の罪とはなんなのだ!?大伯父上は清廉潔白な方だぞ!そして私もだ!!」


 カルシュン男爵は叫んでいた・・・。
 いや、叫ばずにはいられなかったのだ。

 あまりにも理不尽ではないか・・・。


 「・・・清廉潔白ですか。まぁ、罪状については何れ・・・お分かりになると思います。さて・・・と。あなたを含めたご家族の名前と年齢とをおっしゃって下さい」
 「・・・夜中に夜襲をかけるぐらいだ。そんな物はとっくに調べ上げてあるのだろう!いちいち・・・」
 「夜襲ですか。まぁ、確かにそうですな。我々としても手荒な真似はしたくなかったのですが、急を要するので仕方ない事だったのですよ。とにかく、あなた方が、本物であるかを確かめるのもまた我々の仕事でして・・・さぁ、お名前を・・・」


 男爵は唇を噛んだ。

 ダンゲルマイヤー少佐の声には有無を言わさぬ強さがある。
 ここは従った方が得策だと思い直し、男爵は、うなだれたまま掠れた声を出した。


 「セバスティアン・フォン・カルシュン・・・39歳。妻のマグダレーナは37歳。娘のユリアナは12歳、息子のヨーゼフは9歳だ」
 「違うよ、お父様。僕・・・一昨日10歳になったんだよ。ほら、誕生パーティーを開いて下さったのに忘れてしまったの?僕、10歳になったのだから、前から行きたかった幼年学校に行
くんだ。・・・ねえ、幼年学校に入ってもいいでしょう?」


 それまで怯えて黙り込んでいた少年は、年齢を間違えられたのを知ると、慌てて、父親の寝間着の袖を引っ張って抗議した。


 「あぁ、そうだったな。・・・ヨーゼフ・・・」


 男爵は息子の柔らかな金の髪を撫でてやった。

 ヨーゼフは、父親の大きな手で頭を撫でられて嬉しそうに微笑んだ。

 その微笑みを見て、ダンゲルマイヤー少佐はニヤリと笑った。
 

 「ほう10歳ね・・・」


 微笑みながら書類に目を落とすダンゲルマイヤー少佐に対して、少年は誇らしげに言った。


 「10歳は大人なんだぞ!子供扱いしないでよ。・・・10歳になったら幼年学校にも入れるんだから!」

 「大人・・・確かにそうですな。そう・・・本当に10歳は大人ですなぁ・・・」


 ダンゲルマイヤー少佐は少々薄くなりかけた髪を掻き上げて、人の悪い笑顔を浮かべると、何度も含み笑いを漏らす。
 そして、書類に何やら書き込んだ。
 彼は書類を見て満足そうに頷くと、部下に命じて、倒れたままの妻と娘を連れ出すように命じた。
 気を失った2人は、少佐の部下達が無言で担ぎ上げても目を開ける気配がなかった。


 「・・・おい!2人をどこへ連れて行く気だ!」


 ただならぬ気配。
 軍人達に不審感を持った男爵が叫んだ。


 「そう、興奮なさらぬよう。奥方とお嬢様は・・・辺境惑星の流刑地に行く事になります」
 「辺境の流刑地だと・・・」


 男爵の声が震えた。

 貴族である、しかも、門閥系の我々を辺境惑星にだと・・・。

 男爵は胃の辺りにきりきりした痛みを感じた・・・。

 馬鹿げている・・・あり得ない・・・全くどうかしている!


 「ねぇ、お父様、僕達はどうなるの?お母様達やお姉様とは一緒に行けないの?そうだ・・・ねぇ、僕・・・幼年学校に入れなくなってしまうのかな・・・。それがちょっと心配なんだけどな・・・」
 父親とともに取り残された少年は怯えた表情を向ける。
 「・・・まことに残念ですが、幼年学校には永遠に入れますまい。あなた方の時間はこれより先・・・止まるのです、永遠にね」
 「何だと!?それはどういう・・・」


 男爵の鋭い叫び。

 もう、何が何だか分からない・・・。

 一体、何が起ころうとしているのだ? 

 この男は何を言おうと・・・まさか、まさか・・・そんな馬鹿な事が・・・。

 “命をもって罪を償う”・・・そんな嫌な予感が頭を過り、男爵は気が遠くなりそうだった。


 「そもそも、私達は・・・一体どこに・・・連れて行かれるのだ?」
 「・・・第13号獄舎です」


 それを聞いた瞬間に男爵の顔からは色が消えた。

 予感が・・・現実になった瞬間であった。


 第13号獄舎・・・。


 そこは、悪名名高い治安維持局が使っている特殊な獄舎だった。
 今まで行った事も見た事もないが、いわゆる拷問などを行う目的の処刑場で・・・残酷な処刑道具が揃っている“地獄”だと聞いた事がある。
 そこに遅れたら最後、生きて帰れない・・・と。


 そこへ自分達が送られる??
 何も悪い事をしていないのに・・・何故だ?
 大人だけならまだしも、10歳になったばかりの・・・まだまだ子供の息子まで獄舎に入れるとは何と理不尽な!

 まさか、処刑される事はあるまい・・・子供を処刑などあり得ない。
 茫然自失の体で俯いたまま黙り込む男爵とは対照的に、息子は未だ事態を理解していないようだった。


 「そこ・・・ここから遠いの?ねぇ、教えてよ。それから時間が止まるってどういう意味なの?」


 貴族の子供にしては珍しく素直そうな少年は、顔面蒼白の父親や無表情な軍人達に屈託ない笑顔を向けた。


 カルシュン男爵は肩を落とし、無邪気な息子を抱きしめた。

 

 (あぁ、この子に何と説明すればいいのだろう?私はどうなってもかまわないが・・・この子だけは助けてやりたい。まだたった10歳だというのに・・・)


 震える息子を抱きしめ、背中をさする男爵。

 そんな傷心の男爵に、ダンゲルマイヤー少佐は更なる非道な事を告げたのだった。


 「あぁ、忘れていました。あなた方が逮捕されたように、あなたの弟・・・確か、ニクラウス・フォン・アーレンス大尉でしたな。彼もまた逮捕されました」

 「え・・・ニクラウス・・・!!何故だ・・・?ニクラウスは真面目な軍人で・・・」

 「ええ、分かっております。実は小官は高速艦『スクルド』の副長ですから、アーレンス大尉の事は良く知っております。・・・ですが、アーレンス大尉の逮捕も、あなたと同じ罪状によるものです。オーディンまで私が護送しましたからね。観念したのか、実に大人しくしていましたよ」

 「・・・ニクラウスも逮捕だと・・・」


 男爵はこれ以上ないほど、顔を歪めて、両手で顔を覆った。

 その様子を見た息子は、「お父様・・・大丈夫?」と、震えた声で声をかけた。

 「大丈夫だよ・・・」

 男爵は息子の髪を撫でながら、ニクラウスの顔を思い浮かべた。

 気真面目で・・・正義感の強い弟の顔を。


 アスターテ会戦後に中尉から大尉に昇進し、ローエングラム候の部下の中でも、名高い良将のロイエンタール上級大将の艦隊に配属された事で嬉しそうにしていた弟の顔を・・・。

 あの会戦で弟はフォーゲル中将の艦隊に属していたが、会戦後に中将が退役してフォーゲル子爵家の家督を相続したのを受けて、配属替えになったのだった。

 あの会戦での勝利を弟は興奮状態で話してくれ、司令官だったローエングラム候の采配を凄いと言っていたのだ。

 だから、会戦後に候の部下の1人で、ミッターマイヤー上級大将と並んで良将と名高い、ロイエンタール艦隊に配置換えになった時は、「運が向いて来たかもしれない」と、本当に嬉しそうにしていたのに・・・。




 かつて、父に離縁された母が生んだのがニクラウスで、セバスティアンにとっては

12歳年下の腹違いの弟なのだった。

 母はリヒテンラーデ公の遠縁筋の娘であったが、ひどい浪費癖があり、それ故に離縁されたのだが、離縁後に金持ちの男と再婚し、その数年後に生まれたのがニクラウスであった。

 母は、自身がアーレンス男爵家の爵位を持っていた為、金持ちの男は入り婿となった。

 だが、ニクラウスが生まれてすぐに再婚相手が急死し、その後、資産の目減りでアーレンス男爵家は窮地に陥った。

 その窮状振りを気の毒に思った元夫のカルシュン男爵は、離縁した元妻にそれとなく援助を続けていた。

 何しろ、浪費癖は直らず、金持だった再婚相手の資産もすぐに底を付き、カルシュン男爵の父は見るに見かねたのだ。

 そんな縁で、ニクラウス・フォン・アーレンスはカルシュン男爵家に出入りする事を許されていたし、士官学校に入学するまでは、良く、カルシュン家に遊びに来ていた。

 そして、セバスティアンは腹違いの弟と仲が良く、彼が軍人となった後でも交流は続けていた・・・2人は仲の良い兄弟だったのだ。

 その弟まで・・・逮捕されるとは。


 あの真面目なニクラウスを逮捕状から除名する事は出来ないのか?

 何故・・・ロイエンタール上級大将は弟を助けてくれないのか?

 分からない事だらけで、カルシュン男爵は気力が萎え果ててしまった。

 

 「・・・おい・・・。ニクラウスも第13号獄舎なのか?」

 「はい」


 あまりの理不尽さに目眩を覚えた。


 「それでは、出発です。すぐに屋敷を出て下さい。そして、表の車に乗って下さいい」


 言葉は穏やかで丁寧だが、ダンゲルマイヤー少佐の言葉には棘が含まれていた。

 ダンゲルマイヤ-少佐の命令で、男爵は息子を庇うようにして立ち上がり、ゆっくりと屋敷から出た。 

 夜の冷たさが身体にしみたが、何も考える事が出来なかった。


 そして、家人の去った屋敷には、数人の兵士が警備の為に残された。

 屋敷内にある美術品やら、家財道具などを良からぬ者達が盗まぬように警備する為であって、決して、男爵の為に警護している訳ではなかった。

 

 「お父様・・・」

 「ヨ-ゼフ・・・黙って歩きなさい」


 差し出された父親の手を握り締め、少年は静かに頷いて歩き始めた。

 大通りに停めてあった黒塗りの大きな護送車に、男爵と少年は乗せられた。

 2人が乗り込むと、護送車は走り出し、悪妙名高い、治安維持局の第13号獄舎に向かってスピードを上げたのだった。


 やがて護送車は目的地に着いた。

 錆びついた鉄の門を潜り抜けて、停止した。


 「降りて下さい」


 ダンゲルマイヤー少佐に促されるままに、カルシュン男爵は息子と共に車外に出た。

 黒っぽい大きな建物・・・これが、第13号獄舎だった。

 ダンゲルマイヤー少佐は、運転席から降りて来たゲート少尉を呼んだ。


 「ゲート少尉、この子はあちらに連れて行ってくれ。俺は男爵を連れて先に行く」

 「許諾<ヤー>」


 それを聞いた途端、カルシュン男爵は身を固くした。

 ここに来て、息子と離れ離れにさせられると気付いたのだ。


 「え・・・息子を何処へ・・・」

 「ほら・・・あちらに白っぽい建物が見えるでしょう?そこに収容します。あぁ、男爵はこちらの建物の中に入って頂きますがね・・・」

 「お父様!!」

 「ヨーゼフ・・・」


 男爵は息子をしっかりと抱きしめた。

 平民であれ、貴族であれ、家族の情愛はある・・・。

 だが、ダンゲルマイヤー少佐によってすぐに引き離され、建物の中に入るように促された。

 ヨーゼフは、慌てて父親に縋り付き、ダンゲルマイヤー少佐は小さく舌打ちをしたが、急に笑顔を見せた。


 「素直に少尉と一緒にあちらへ行きなさい。そうすればきっと良い事があるからね。いい子にしていようね?」

 「良い事があるの?それじゃぁ・・・幼年学校に入れてもらえる??」

 「そうだね・・・素直にしていたらね。そうしたら、前向きに考えよう。素直な事は良い事なのだよ」


 ダンゲルマイヤー少佐の言葉を聞いて、ヨーゼフは小さく頷いた。

 それを見た少佐は満足そうに頷いて、男爵に「さぁ、歩きなさい」と促したのだった。

 ヨーゼフはただ黙って父親を見つめる事しか出来ず、男爵は何度も振り返りながら息子の身を案じた。

 息子が違う場所に収容されるという事は、少なくとも拷問を受ける事は無いと男爵は思った。

 そして、最愛の息子の姿を目に焼き付けようと何度も振り返った。


 (ここが第13号獄舎だとしても、いきなり、処刑されたりはすまい。大伯父上は帝国宰相まで務めれた方だ。その一族を取り調べも無しに処刑など、人道的見地から言っても・・・)


 そして、男爵は先に到着していると思われた、弟のニクラウスと話をする事が可能だろうかと考えた。


 現在の時間は午前2時半を過ぎ、あと10分ほどで午前3時であった。


 「ねえ、どうして僕はあっちの建物にいかなくてはいけないの?」

 

 少し離れた場所にひっそり建っている白いプレハブの建物。

 そこをヨーゼフは指差した。


 「済まないね。まだ任官し立てなので、詳しい事を知らされていないのだ。ただ・・・あそこの建物には同じくらいの年の一族の子達がいるはずだよ」

 「あ、そうなんだ・・・。じゃぁ、従兄弟達とかがいるんだね。1人じゃないなら良かった。・・・ねえ、朝になったらお父様に会えるかな?」

 「あ・・・あぁ、そうだね・・・朝になったらね。さぁ、行こうか。足元が暗いから気を付けて」

 「あ、うん、ありがとう」


 ヨーゼフは、自分を気遣ってくれる少尉に素直に礼を言った。 

 いつも父親から、人に親切にされたら、それがたとえ貴族でなくてもお礼を言うように言われていたからだった。

 少尉は、少年に“ありがとう”と言われて、ドキっとした。

 

 「どうして、『ありがとう』って言うんだい?」

 「だって、足元が暗いから気を付けてって・・・。だから、言ったんだ、僕」

 「あぁ・・・そうだったのか」

 「うん。いつもね、お父様からね、『人に親切にされたらキチンとお礼を言いなさい』って言われてるんだ」


 その言葉を聞いて、少尉は重たい気分になった。

 詳しい事は知らされてはいなかったが、15歳以上の大人達は夜明け前までに全員射殺される事が決まっていた。

 父親には・・・生きて会えないだろう。

 会えたとしても、遺体との対面になるだろう。

 いや・・・それすらも出来ないに違いない。

 何故なら・・・昼前に少年達はガスで殺される事が決まっていたからだ。

 だから、この子が父親に会えるのは・・・ここよりも遥かに遠いヴァルハラで・・・になるだろう。


 「幼年学校に入れるといいのだけど・・・。少佐だっけ?あの人、前向きに考えてくれるって言っていたよね?」


 少年の言葉に、ゲート少尉はますます気分が重くなった。

 ダンゲルマイヤー少佐の言葉を心から信じ切って、笑顔を見せるヨーゼフ。

 何と説明したらいいのだろうかと、ゲート少尉はますます暗澹たる気持ちになった。

 だが、余計な事を言って泣かれても困るので、少尉は何も言わなかった・・・いや、言えなかった。


 貴族の子供は全て度し難いと思っていたが、この子は・・・全く違っていた。

 少なくとも・・・カルシュン男爵は、子育てに関してはかなりまともなのだろう。

 無理だとは分かっていたが、助けられるものなら、助けてやりたい・・・少尉はそんな事を考えた。

 そして、重たい気持ちのまま、少年を白いプレハブ小屋に連れて行った・・・。

 


 後年、カルシュン男爵邸に踏み込んだ兵士の1人、ヨハン・ゲート(当時少尉)は当時を回顧した手記を出版。



 『10歳になったばかりで、幼年学校に入りたがっていた貴族の少年は、護送される間も私にしきりに幼年学校の事を聞いてきた。しかし、私が爵位のない平民で、士官学校へは行ったものの、幼年学校には行っていない事を知ると急に黙り込んでしまった。行った事のない者に聞いても無駄だと悟ったのだろう。少年が黙ってくれたおかげで私もホッとした。私達は一家を第13号獄舎まで護送したが、男爵を含めて各地から集められた一族の男達は、ほどなくして全員銃殺刑に処された。10歳から14歳までの少年達は銃殺だけは辛うじて免れたが、大人達が処刑された7時間後に、全員が一か所に集められて、毒ガスで一瞬にして処刑された事を知った。あの少年もその中にいたのだろう。助けられるのなら、あの子だけでも助けてやりたかった。少佐を信じ切っていた少年が哀れだった。捕らえられた全員が処刑された事を知った瞬間に、私は何ともやりきれない気持ちにかられた。長い軍生活の中で、あの一件だけは忘れようにも忘れられない。あれから何十年経った今でも、私におぞましい悪夢を見させ続けるのだ・・・』




Das Ende




 100のお題より、「壊れた時計」です。


 このタイトルを使って、リップシュタット戦役直後の・・・闇の部分を描いてみました。
 エルフリーデの事は描かれているものの、他の親族はどうだったのか?
 原作で詳しく描かれていなかったので、物凄く気になりました。


 あえて、原作にはかかれていなかった部分を自分なりに補ってみた感じです。


 リヒテンラーデ一族は、どういう末路を辿ったのか?
 10歳以上の男子は処刑ですから、『壊れた時計』を“永遠に時が止まる”・・・としてみました。
 自分達は安泰だと思っていただけに、何とも哀れな末路です。
毒ガス・・・某国の悪しき歴史のようだ・・・。<しかも、帝国軍とダブるしなぁ・・・。
 自分で書いててイヤになりました・・・だって、暗すぎるんだもん。


 カルシュン男爵一家やゲート少尉はオリジナルです。
 ゲートって名前は・・・スティーブン・スピルバーグ監督の映画「シンドラ-のリスト」に出てきた第二次世界大戦下のドイツ軍の将校の名前を使わせて頂きまし
た。
 あ、その人はヨハンじゃなくて、アーモン・ゲートでしたけどね。(多分、ドイツ語読みだとアルマンになると思うなぁ・・・名前)
 あの映画はホロコースト物だったのですが、3時間半ぐらいあったのに映画館で、6回は見ました・・・。
 ビデオで借りて見たり、とにかく沢山見ました。
 部分的に、パートカラーで取った箇所もありましたが、前編に渡ってモノクロという手法で撮られた映画。
 勿論、原作も持っていまして、何度も読み返しました。

 結局、特別編のDVDまで買ってしまいまして・・・特典映像はドキュメンタリーで、映画に出て来た人達の証言集で本当に重たい。
 スピルバーグ監督自身も、ユダヤ系なので、あの映画は本当に重かったです。


 ここから先は12/14に書いています。


 この一件があるから、後のロイエンタールとエルフリーデの出会いがあり、ロイエンタールが墜ちていくきっかけにもなってます。


 貴族の少年だと言っても、全て度し難い訳ではなく、優しい心根を持った少年だっていたでしょう。

 少なくとも、カルシュン男爵一家は、そういう人達だったのかもしれません。

 

 ヨーゼフ君・・・助けてあげたかったよ・・・素直な子だし。

 誕生日が踏み込まれた当日とか、または、10歳になるのは翌日とか・・・そんなのだったらまた違う話になったかもしれませんが、彼が10歳になったのは踏み込まれた日の一昨日なんですね。


 だからこそ・・・悲劇なんですよ。


 ラインハルトやその部下達が目立ってしまいますが、そうではない人達に光を当てると、銀河英雄伝説は違った見方も出来るかも・・・。


 キルヒアイスを殺した真犯人を捕らえるという名目の元、手始めに血祭りにあげられたリヒテンラーデ公の一族は気の毒でなりません。


 リヒテンラーデ公だけ捕らえてオシマイ・・・ではないところが恐ろしい。


 加筆修正版には、男爵の弟の、ニクラウス・フォン・アーレンス大尉を出しました。

 このキャラはオリジナルです、勿論。


 私が思うに、リヒテンラーデ一族の中には、軍人もいたのではないかと。

 その人達は、多分、全員、ローエングラム・リヒテンラーデ枢軸にいたと考えられます。

 リヒテンラーデ公が手を回してでも、一族に繋がる人なら、自分の側にしたはずですし、そうなると、ラインハルトの部下のそのまた部下に、そういった人々が配属になっているはずなのです。

 それで、もういっそのこと、ロイエンタール艦隊にしてしまえ!!

 その方が説得力がある!!ってんで、ロイエンタール艦隊にしてしまいました。

 ミッターマイヤー艦隊にしなかったのは・・・まぁ、その方が良いかな??と。

  

 きっとね・・・アーレンス大尉はまともな人だったんじゃないかと思います。

 後ろ暗い所のない気真面目で、正義感の強い高潔な人。

 単純に、ロイエンタール艦隊に配属になった事を喜んだんじゃないかと。

 まぁ、ミッターマイヤー艦隊だったとしても結果は同じだったと思いますね。


 貴族の中にだって、真面目な人がいるはずです。

 全部が全部・・・ヘンな人という訳でもないでしょう。

 アンネローゼの友人の1人であるシャフハウゼン子爵夫人の夫、シャフハウゼン子爵はそういう人だったみたいで、原作にも、「突然変異的に善良な人物」と描かれていますしね。

 平民出身のドロテーアと結婚する為に、あちこちにお金をばらまいて、資産を半減させてでも彼女との愛を貫く・・・凄い人です。


 そんな訳で、リヒテンラーデ公の親戚と言うだけで、銃殺されるのは・・・気の毒です。 

 もし、シャフハウゼン子爵やヴェストパーレ男爵夫人がリヒテンラーデ一族だった場合も同じ運命を辿ると思いますしね。

 それに、男爵の母は、リヒテンラーデ公の遠縁筋の娘ですから、彼女も生きていたら、辺境送りでしょうね・・・うーん、やっぱり気の毒です。


 さて、今回、ニクラウスを登場させた事で、インスピレーションが湧きまして。


 「壊れた時計(アーレンス編)」を最近、やっと完成させました。


 実は、何の問題がないように見えまして、弟のニクラウス君にも問題はあります。

 それも、かなり重大な。


 それから、初出版には名前がなかった少佐ですが、ダンゲルマイヤーという名前を付けました。

 フルネームだと、アロイス・ダンゲルマイヤーです。


 ダンゲルマイヤー少佐は、カルシュン男爵の弟のアーレンス大尉の話の方にも出てきます。


 「壊れた時計」のカルシュン男爵の話を加筆修正しながら、新作でアーレンス大尉の話を執筆していましたが、まぁ、アーレンス編もアップ後に加筆修正するかもしれません・・・多分、そうなるだろうな。


 原作ではリヒテンラーデ一族の末路に関しては、エルフリーデの話が出て来るだけで、その他の人達の事は分かりません。

 行間を埋める作業は・・・時として、残酷な部分を抉り取る作業になります。

 でも、これは書かないといけないと思いました・・・だって、光があれば闇がある。

 闇の記憶・・・忘れてはいけないんですよ。

 架空の歴史物とは言え、あの世界の中では、“実際”に起こった事なのですから。

 

 最後に。


 初出版では殆ど出番の無かったゲート少尉の事をきちんと書く事が出来たので、最後の手記が・・・物凄く重たくなりました。

 その重たさは・・・初出版の比ではありません。

 でも、少尉をちゃんと書いた事で、この手記が生きました・・・!